エインセルサーガ外伝・【ロストプリンセス】第三話

 

過去である。

ロートヴァルトの一室。兵士として名を挙げたもの。兵士を統括する騎士団の長たちが使用する、王室と比べたら質素ながらも、生活するだけなら十分すぎるほどの部屋。その部屋で二人の男が酒を酌み交わしていた。

一人は四十前半ほどでこの部屋の主なのだろう、落ち着いた雰囲気で酒を飲む。

もう一人は三十になったばかりか。まだ多少の若さを残しつつも、戦士として成熟した体つきは申し分なく盛観である。筋肉の盛りつき具合は彼を戦士だと認識させるが、その顔を見るとまたその評価が一転する。

その流麗な雰囲気は一言で表すことができない、いや、するのを躊躇わせるくらいに芸術的である。流れる金の髪はまるで貴族の女性のようであるし、その涼やかな目元は相手を惹きつけて止まないだろう。薄い唇に男性にしては白い肌。パーツだけ見れば女性と間違われるかもしれないくらいに、その男性は美の象徴といっても差し支えなかった。

その初老にはまだ早い熟達の戦士と、若いながらも圧倒的な才で百騎長に任命されたその二人は、まるで親子だと間違われてしまうくらいに親しい間柄だ。

それもそのはずで、白髪の混じる部屋の主と、その若き戦士は師弟関係にあり、彼が更に若かった頃から二人は交流があったのだ。

この部屋に居る二人の名を、それぞれクラウスとシュバルツという。

つまりこの風景は言うまでも無く、クラウスの過去である。

「私はもう我慢なりません、クラウス様!」

良く通る声で、シュバルツは椅子から立ち上がり目の前のクラウスに訴える。

ここはある程度地位のある兵士達が使う場所である。あまり大声で下手なことを言えばどこに耳があるか分からない。クラウスは目を瞑りながらシュバルツに、落ち着くように言った。自分が声を荒げていたことに気付いたのか。釈然としない面持ちでシュバルツはその美しい顔を歪ませながら着席する。

「お前が珍しく飲もうと誘うから来てみれば、いきなりなんだというのだ」

そういうクラウスの顔も暗かった。

彼の言い分もとい、これから話されるだろう内容に大方の目安がついているからだ。

その日、クラウスの隊は王の代行である(実質王として振舞っているが)エヴィンカーと一緒に、一つの小さな村を訪れた。

その村は定められた税を納めることができなかった。

故に、普段はこうしてついてくるはずの無い王も一緒になり、その村を訪れた。仮にも王であるエヴィンカーを守護する為に、普段はこのように大群を動かす必要は無かったのだが、そのような事情で一つの小さな村にその人口より多いだろう、一軍で村に向かった。

行われたことは想像通りである。

王が税を払えなかったことを村の代表者に責め、見せしめにとその者を殺し、その死体に群がり、泣き縋る者の罵倒に、その者も殺した。

王の表情は愉悦が浮かんでおり、クラウスの隊は全員苦虫をかみ締めたような表情であった。

ただそれだけ。王の娯楽のようなものだ。普段は何もしないくせに、刺激欲しさに民を殺す。死というものはそれほどに、日常からかけ離れた刺激の代名詞だから。

税を納めることができなければ、また来ると王は笑いながら、千の大軍を率いて村を後にしたのだ。

今では珍しくないことなのだ。今のこの国では、守るべき民を守る者がこうして殺害しているのだった。

故にシュバルツは思わず、声を荒げてしまったのだった。

「申し訳ありません。ただ、私はこのようなことをする為に、腕を磨いたのではないのです」

力無きものを一方的に蹂躙すること。それはただの殺戮にすぎない。

「それは、私だって一緒だ」

クラウスは陶器に注がれている酒を一気に煽る。この酒だって税だ。米ほどの比重はないとはいえ、今日殺してきたような村人が精魂込めて作ったのだと考えると、やりきれない気持ちになった。

今は一方的に搾取する関係でしかない。守る関係でない。

自分達が本当に望んでいる関係は、どこにも存在しない。

その事実が、クラウスに重くのしかかっていた。

目に見えてこの国は狂っている。

 

 

 

ううん、とやけに反響する自分の声に、クラウスは次第に意識を覚醒させていった。

「クラウスさん。大丈夫ですか?」

リッタの声でクラウスはゆっくりと瞼を開けた。

「ああ、おはよう、マルガリータ」

「おはようございます。(うな)されていましたよ」

そうか、と彼は呟いて大きくノビをした。周囲は岩肌。ゲオルクの残した言葉を頼りに、指定された場所に向かう途中の道。雨が降ってきた矢先に見つけた洞窟で野宿したのだった。

「夢見が悪くてな。だが大丈夫だ」

「夢見ですか。まだ体調が悪いのかもしれないですね」

リッタが反乱軍に加わり彼女の準備もあり、結局あの村に一泊した。彼は結局仮病だと告げずに次の日治った素振りで村を出発したのだった。

「フラン様はどうなさっているか?」

「ジーク様と一緒に枝を拾いに行かれました。クラウス様の体調が悪化してはいけないとおっしゃられていました」

彼の少しだけ胸が痛んだのと同時に、彼女の王女としてではなく一人の人間としての優しさにクラウスの表情は思わず緩んでしまう。

「そうか。我等の王は優しいな」

彼の言葉にリッタは頷く。

「はい。市井で暮らしていたのもあるのでしょうが、本来からの資質が大きいのでしょうね。でも、私に言わせれば少し優しすぎる気もしますけど」

「ははは、確かにな。威厳こそ感じられないが、それこそが私達の王なのだろう。人を第一に考えてくれる」

それに苦笑しながら頷くリッタ。昨日仲間になったばかりの彼女。白いフードを被っているせいか、体格よりも尚幼く感じる。事実まだ成人しておらず、フランよりも二つ歳が下である。だが、彼女の仕草からはとてもそれを感じることはできない。高い水準の教養があるからだろう。ロートヴァルトの元軍師であったゲオルクの影響が強いのだ。

「仮病、ですよね?」

「ふむ。ばれておったか」

頷くリッタ。

「私にお時間をくださったのでしょう? ありがとうございます。二人で話す時間が無く、遅れてしまいましたが」

リッタは歳相応の華やいだ笑顔を見て、クラウスは、呆、となった。この娘もこのように笑うのだなと、意外な一面を見た気がすると彼は思った。

しばらくフランとジークが戻ってくる様子が無いため、二人はなんとなしに雑談をすることになった。

「お爺様があのようにしてまで、残さないといけなかったものとは何でしょう」

「確かにあの付近には何も無いからな。ロートヴァルトの王座の後ろに生えている樹があるだろう?」

蓬莱の樹(ユートピアツリー)ですね?」

頷くクラウス。

蓬莱の樹とは、ロートヴァルトの玉座の後ろに生えている樹であり、この国の象徴ともなっている巨大な広葉樹で、一年を通して様々な色の葉を付ける美しい樹である。城内に葉を落すので、こまめに掃除をしないといけないが、補って余りあるほどの美しさに、諸外国からもその美観は度々語られる。

「その国の象徴とも言える樹が株分けされた場所といわれているが」

「だからと言って、何があるわけではないと」

再度頷く彼を見て、リッタは小さく、もしかしたら、と呟いた。

「心当たりでも?」

「いえ、むしろ推理のようなものです。いいえ、推測ですわ」

「ははは、それでは反乱軍、軍師様の知恵をお見せしていただけますかな?」

彼の言葉に、恥ずかしそうに、拗ねるようにするリッタ。こういう瞬間だけは都市相応といえる。

「はい。もしかすると、決意を促すためのものなのかもしれません」

「何か意味があるわけではなく?」

「そうですね。象徴の原種が生えているのであれば、改めてこの国を救おうと決意するでしょう。現在、この国の樹は徐々に無くなっていますから」

その言葉に、クラウスは重く頷いた。

この国をエヴィンカーが運営するようになり、この国の木々がは徐々に減っている。

それはこの国が、現在破竹の勢いで国土を略奪で広げているヴェルゴスのせいだった。

自分を傀儡とはいえ、王にしてもらう約束を結んだエヴィンカーの謀反が成功して以来、この国はヴェルゴスの傘下に入った。距離は離れているので、直接的に何かを行うことは少ないが、ロートヴァルトはヴェルゴスに木材を提供しているのだ。

武力で国土を広げるヴェルゴスにとって、武器を作る為に必要な資源の確保は何よりも比重は高く、鍛冶場の火を絶やさぬために、この国の豊富な木材は次々に伐採され、ヴェルゴスに輸出されているのだった。

「なるほど。確かにそれは一理ありますな」

理論整然としている。確かにそういう理由であれば、あのように樹しかない場所に向かわせるのも一応だが納得できる。いや、そうでもこじつけないと意味が分からないのだった。

「ただ、あの場所にも一応兵は割かれているでしょうな」

頷くリッタ。

「私とフラン様は顔を知られていませんが、クラウス様とジーク様は流石にばれるでしょう。お二人が生きていると分かったら色々厄介なのでしょう?」

「つまり、兵を無効化しないと今後の策に影響しますな」

「そこまで危険性(リスク)をしょってまで、その場所に行かないといけないでしょうか?」

リッタの言葉に、クラウスは考える。

確かに彼女の言う通り、ゲオルクがあの場所に向かわせている意図が決起を促す程度のことであるのなら(確かに重要かもしれないが)、あの場所に向かうことはそれほどに重要なのだろうか? それを思うとどうしても、危険性のほうがどうしても目に付いてしまう。

今、クラウスは記録上死亡扱いなのだ。だからこそ、水面下に潜み謀反を企てられているのである。だが、そこでばれてしまっては今後の策に。大一番に警戒されて失敗でもしたら目も当てられない。

確かに、自分達の技量ならば、そこらの兵士に後れをとることは無いだろう。だが、万が一ということもある。それに、一人でも逃がしてしまうことすら駄目なのだ。相対した瞬間に伝令に散られたら目も当てられない。

だが。

「行きましょう。ゲオルク様はそのことすら見通してなお、その場所に向かうように言われている気がしますからな」

自分のような人間でも思いつくような安易なことを想定していないとは思えない。ならば必ず行かなくてはいけない理由が存在するはずだ。

「はい、クラウス様ならそう仰っていただけると思っていました。私もそう思います。お爺様はきっと私達に伝えなければいけないことを伝えようとしているのでしょう」

そうして二人はお互いに様々な意見を交換しあい、フランとジークが戻ってきたのをきっかけに、目的地へと向かうことを新たに決意した。

 

 

 

その日は雨だった。

クラウスが自分の隊の大部分を引き連れて、城を秘密裏に抜け出そうとしていたのは。だが、一人の兵士のへまからその脱出劇は露見してしまい、クラウス達は隊こそ違えど、数分前までは自分達と同じ場所に所属していた者達と交戦を余儀なくされた。

雨で視界は遮られ、ただでさえ樹木が多い国である。多くの兵士達は上手く逃げ延びることができた。それは無論、ジークを始めとする歴戦の手練達がしんがりを勤め、追っ手を上手く撒いたからである。

そして、後に集合する手筈を整え大きく四つに散開したクラウスの隊。そのしんがりを勤めるのは、千騎長を務める一番の手練。クラウス本人であった。

自分達が考える計画にはどうしても兵力が居る。自分を逃がすためにその大部分を減らしてはいけないと考えての判断であった。

普段の彼ではこのようなことは思わない。自分にもしものことがあれば、士気は乱れるだろうし、何より戦力としても計画の要としても、自分という部品(パーツ)はどうしても必要だから。

だが、今回は事情が違った。自分達を逃がすまいと追手として放たれたのが、自分の弟子であり、全幅の信頼を寄せていた男。シュバルツだったからである。

「先に行け! 殿は私が勤める! 構うな! 行け!」

自分が率いていた兵達を先に所定の位置に向かわせ、クラウスはシュバルツと共に自分を追ってきた兵たちを、次々に倒していく。

馬に騎乗しながら振るわれる、クラウスの絶技。まるで鞭のようにしなり、稲妻の如き速度で行われる槍捌きによって、シュバルツを除く全ての兵は彼によって倒された。

二人はただただ馬を走らせる。馬の蹄鉄の音が降り注ぐ雨粒と同じように響き渡る。

やがて開けた場所に二人は出る。

軽く舌打ちをするクラウス。撒こうと思っていたが、やはり自分が認めた男を振り切るには、土地勘が無さすぎた。

「クラウス様! いや、クラウス! 止まれ!」

シュバルツの凛々しい声が響く。

クラウスはそれに従い、馬を降りる。

彼の手には自身の愛槍、“天音”。虚空に振れば天を裂く音を奏でるという逸話を持つ、彼自慢の。彼の象徴とも言える槍である。

クラウスは曇った空にも白銀に光る刃を虚空向け、愛弟子と相対する。

同じように馬を下りたシュバルツの腰に掛かるのは、彼の愛剣である“古水”。両刃の剣にしては珍しい水の如く流麗な刃の模様を持つ、シュバルツに相応しい美しさを兼ね備えた名剣である。

「何故このようなことをした!」

明確に敵意を持っているのだろう。古水を片手にしながら、居合い抜きをするかのような格好でクラウスに問いかける。

「お主も分かっているだろう! この国の醜悪さを!」

クラウスの怒声に近い声は、雨の音を一瞬掻き消したがすぐに消えた。だが、その場に立ち込める殺気だけは、いつまでも消えることは無かった。

 

 

 

「この辺りですね。確かに背の高い樹が多くなってきました」

ジークと一緒に馬に乗るリッタが、地図を見ながら辺りを見回す。背が高いどころでなく、彼女達は、ジークが両腕を広げて抱きついても、完全に抱くには三十人はいるであろう幹の太い樹に囲まれていた。

樹の高さも都の王城よりも高いと男達は口を揃える。

「本当だね。こんなに大きな樹は見たことないや」

フランも馬に乗りながら、その美しい金の髪を左右に振りながら、圧巻的と言わしめるその光景を眺めていた。

「そろそろ見張りの連中も居るかもしれないから気をつけないとな」

ジークのその言葉に、頷く三人。

そう、決して見つかってはいけないのだ。一瞬の失敗が命取りになる可能性がある。十分注意が必要だ。

そうして、四人が周囲に気をつけながら進むと、地図どおりの場所に関所があった。裁ち物自体はさほど大きくなく、最低限の生活はできるだろうくらいの大きさだ。

「あの奥からは原生林になってるっつーわけだ」

そこに一時的に派遣されていたジークの言葉によると、関所を守るのは二人体勢で、それが昼と夜で交代するのだとか。つまり、あの関所の中で二人が休憩しているのだろう。あの場所を通りたければ、四人を無力化しないといけない。

幸いなことに、目に見えるのは二人だけであるし、建物の中に入れば逃がすことも無いだろう。このような僻地であればいくら騒がれてもバレる心配はなさそうだ。

「それでは行きましょう。クラウスさん、ジークさんお願いしますね。くれぐれも殺してはいけませんよ」

フランの言葉に二人は頷くと顔を見られても平気なように顔に布を巻き始める二人。それが終り、二人は一気に散開し、距離を詰め、物も言わせずに外の見張りを無力化し、関所の中で休憩していた兵を同じように無力化する。

この間一分も掛かっておらず、あまりの手際のよさに、外から見ていたフランとリッタは多少呆れた。あっさりしすぎているとでも言うのだろうか。露見することを危惧していたいたのが馬鹿らしくなってしまったのだ。

二人は関所まで近づき、手際よく兵士達をロープで縛っている二人に声を掛ける。

「お疲れ様です。さすがですね。二人とも凄く強いです」

フランの労いに男二人は苦笑しながら布を外す。汗一つ掻いていない辺り、彼らからすれば朝飯前だったのかもしれない。

「それでは行きましょうか。彼らが目を覚ます前に」

リッタの言葉に頷く三人。関所内の宿舎にあった食料をジークが摘もうとしているのをフランが嗜めながら、四人は原生林のある場所へと足を踏み入れた。

 

 

 

雨が降っている。

二人の男が対峙し、言葉を交わす。

その言葉が積み重なるたびに、男の手から得物を掴む力が弱くなっていくのが分かる。そして、それに反比例するかのように、雨は強くなり、彼らの言葉尻をかき消していく。

「分かりました。貴方。いや、貴公がそう言うならば」

美しき騎士はそういうと、自分の愛剣を抜く。古水と呼ばれる名剣であり種別は長騎剣(ロングソード)に属する。

「最後に一手、お手合わせ願いたい! 貴公の真偽をこれで判別する!」

相対する男も同じように、天を貫かんと虚空に向けていた刃を男に向ける。彼の持つ槍は天音と呼ばれる、同じく名槍である。

そして二人の男は爆ぜるかのように衝合する。

幾重の連撃を打ち、それを捌き、肉薄し、薙ぎ払い、それを避け、距離を取り、突き返す。

雨で地面がぬかるんでいるというのに、二人はまるでそんなことを感じさせない動きで、互いの心理を探る。師弟関係にあった者同士の型は、得物の違いこそあれどどこか似ており、純粋な太刀筋は一点の曇りも無い。

肉薄する実力を持つ者同士の死合であれば、互いの心境が見えてくるものだ。

それは無論分かるのではなく感じる程度の具合で、一手の失敗(ミス)が生死を分ける刹那の連続において、余分な思考というものを持っていると、どうしても純粋な一撃を繰り出すことができない。

故に。肉薄しているが故に、相手の心境を(若干であるが)感じることがことができるのだ。これは空間を共有しているが故の共感(シンパシー)に近いのかもしれない。

そしてこの男達は、それの感じるくらいに肉薄した実力差であり、互いにその想いに一点の曇りも無いことをそれとなく悟った。

男の連突を捌ききり、距離を離す男。

「なるほど。確かに貴公、嘘は言っていないようですね」

古水を鞘に入れ、男は涼やかな笑みを零した。

「すまんな」

「いえ」

これが最後になるかもしれない、自分の師匠との会合。美麗を誇る男はゆっくりと瞼を閉じる。何かを思っているのかもしれない。

「それではどうしましょう? 何か証拠が無いとさすがに納得しないでしょう」

「ふむ。それでは――」

 

 

 

大きな木々が乱立している場所を、まるで縫うように進む四人。

「ここに何があるのでしょう?」

リッタの言葉に三人はそれぞれ唸った。進めどもあるのは獣道のように整備のされていない天然の道。木々を避けているだけで、どこに進むという明確な目的がないのであった。

目的地についただけであり、何が目的なのかが分からない。ここに訪れること自体が目的だったからだ。

「もう少し進んでみよ? もし先に何も無くて行き止まりだったら戻れば良い。ずっとここに居るわけにもいかないしね」

フランの言葉にリッタは頷く。

そう、まだ結論を出すには早計だ。

いくら三十分ほど進んで何も無いとはいえ。まだ道のような道はあるのだから。

自分の尊敬するお爺様は一体何を残したかったのか。何を伝えたかったのか。

それを判断するにはまだ早すぎるのだ。

 

 

 

そして、行き止まりである。

奇しくもフランが言っていた通りに、道なき道を進み、縫うように木々を避けてきた結果。目の前には道を塞ぐ一本の巨大な樹があるだけであった。

周囲は緑に囲まれ、空からは目の前の巨大な樹が広げる葉から零れる光が、合間合間から降り注ぎ、神秘的な雰囲気を感じさせる。

周囲には小さく白い花が咲き乱れており、彼女達を揺ら揺らと見下ろして居り、彼女達の身長以上に盛り上がった樹の根は緩やかな丘のようになっている。。

だが、彼女等はここに観光しにきたわけではないし、喩えこの場が美しいとはいえ、落胆せずに居られなかった。

「美しいですね」

落胆した様子を隠せないフランは、呟きながらこの景色を見ている。

そう、美しいのだ。楽園というものが存在するのであれば、きっとこのような場所なのだろうと思わせには十分なくらいにこの場所は美しい。

だが、この場所に向かわせたゲオルクは、何を意図していたのだろうか。

「もしかしたら、場所を間違えたのかもしれません」

リッタのその言葉は、自分の祖父を信じるが故の言葉なのだろう。そして、祖父を信じた自分を弁護するための言葉なのだろう。

「それじゃあ、戻ってみますかな?」

「そうだな。この場所は袋小路だ。もし追っ手がくれば囲まれちまう」

男二人はそう言いながら周囲を見渡す。無論、フラン達以外に人が居るはず無く、ただただ美しい景色が広がるだけであった。

「待ってください。もう少しこの景色を見たいのです」

フランは悠長だな、ととジークは呟き、クラウスに小突かれた。

「この国はこんなに綺麗なのですね」

そうフランは呟く。それを隣で見ているリッタ。

確かにフランはこの景色に感動している。そういう意味ではこの国を守ろうと決起してくれているのかもしれない。本当にゲオルクの意図がそこにあるというのであれば、それは成功している。

だが、本当に彼女をこのような気持ちにすることが彼の狙いだったのだろうか?

彼女はこのようなことをしなくともこの国の為に戦うと決意してくれているというのに。

確かにゲオルクはフランと面識はない。だからそのような決意をしているか、もしくは、するかどうか不安だったのかもしれない。だが、彼女には既に戦う意思を兼ね備えている。

やはり、自分の読みは外れてしまったのか。そして、適当に動機付けこそが正解だったのか。

「ゲオルク様は、私にこの景色を見せたかったんだと思います」

フランはそう言うと、目の前の樹に近づいていく。

果たして本当にそうなのか? そのようなことを、自分の祖父はするのだろうか? フランの言葉を否定するつもりは無いが、どこか祖父を神格視してしまっている自分が居ることを恥ずかしく思った。

『いいえ、恥じることはないですよ、マルガリータ。貴方の考えは正解なのですから』

そのような言葉が聞えるまでは。

リッタは辺りを見回す。

彼女の前方にはフラン。後方にはジークとクラウスが居る。

急に辺りを見回し始めたからだろう、男二人はは訝しげにリッタを眺める。

「リッタ、どうかしたか?」

「あ、いえ。誰か私に何か言いました?」

リッタの言葉に、首を傾げる二人。

「フラン様、私に何か仰いました?」

「私がリッタに? ううん、何も言ってないよ?」

同じように首を傾げてしまうフランにあわせるように、リッタも首を傾げる。

やはり自分の聞き間違いだったのか。聞き間違いにしてはきちんとした文章だったものだ。リッタは苦笑してしまう。

『聞えないですか? マルガリータ。いいえ、感じないですか? 私の言葉を』

その言葉で、リッタは一足で後方に飛びのき、戦闘態勢を取る。

自らの心象に自らを浮かべ、更にその心象に己を浮かべ、自らに埋没していく感覚。

一つの己という鏡と己の描く己を鏡合わせに、夢幻から無限へと至る。

この空間に己の意識を張り巡らせる感覚。

糸を張る蜘蛛のように、その空間において自らを多重に感じられるほどに濃密な心象投影。

我思う故に我あり(コギト・エルゴ・スム)

この瞬間、マルガリータによってこの空間は支配され、彼女はこの空間の支配者となる。

「なっ、リッタ殿!?」

「なんだ、なんだ!?」

急に戦闘体制に入ったリッタに驚くクラウスとジーク。

「気をつけてください! 何か居ます!」

それを聞いたフランは、急いでリッタの後ろに隠れる。

「何かってなんだよ!」

筒から自前の槍を取り出して構えるジーク。ゲオルクも同じように、布を被せていた質素な槍を取り出し、周囲を警戒する。

「分かりません。ですが、私に話しかける人物が居ます!」

二人と同じように、リッタはいつでも魔法を撃てるように待機する。

ざあ、と草木の揺れる音が響く。

が、それ以上なにも起こらずに時間はただただ過ぎていく。

 

 

 

『私に敵意はありません。構えを解くように言っていただけませんか?』

「ひやぁっ!」

フランの驚いた声に、フランに向き直るリッタ。そして、何が起こったから分からないクラウスとジーク。特に彼女に何かが起きたとか思えなかったというのに、いきなり声を上げたことに驚いたのだった。

「どうした! フラン!」

ジークが駆け寄ってくる。

「あ、何でもありません。えっと、その。大丈夫なので、皆さん、そんなに構えないでください」

「フラン様?」

リッタの声にフランは頷く。

「うん、驚いちゃったのは分かるけど大丈夫だよ、リッタ」

彼女のその言葉に、リッタの張り詰めた雰囲気は徐々に希薄となっていく。それを見た男二人も同じように武器をしまう。

「なんだってんだ?」

「分からん」

何が何だか分からないといった感じの男性二人。フランはたどたどしく告げる。

「えっと、みんな驚かないでね」

三人を見渡すフラン。三人が全員頷くのを確認して、フランは頷く。

『大丈夫です、私は貴方達に危害を加えるつもりは全くありません』

そのような“言葉”が全員に聞えた。

いや、正確には伝わった。

「なっ!?」

「なんだ、こりゃあ!」

「さっきの!」

三者三様の反応。驚くのも無理はない。

先ほどから行われているこの意思伝達は、音を解していないからだ。

空気の振動で意思の伝達が行われていないため、誰に聞えるでもなかったのだ。

言うなれば、言葉が自然と自ら湧き上がる感覚というのだろうか。

意図していないのに、意図しない言葉が自然に自分に訴えかけると表現した方が正しいかもしれない。

「どこに居る!」

「どこにも見当たりませんね」

ジークとリッタは辺りを見渡すがどこにも何かが潜んでいる気配は無かった。

「二人とも、大丈夫だから」

まるで燻り出さんとしているかのようなジークの目を見て、フランは嗜める。

「そんなに怖い顔をしていたら、出て行きたくなくなりますよ」

彼女のその言葉に、ジークは両頬を叩き、なるべく優しい顔になるように取り繕う。

『そんなに探さずとも、私ならもう皆さんの目の前に居ますよ』

四人はその言葉に震える。その事実にではなく、この慣れることのできない、“言葉”に対してだ。言葉というより、意思といった方が適切かもしれないが。

言葉通りにその主を探す四人。だが、それらしい人影は見当たらなかった。

「どこに居るのですか?」

フランの言葉に、言葉は返す。慣れることのできない震えが彼女を包んだ。

『フランティスカ。貴女の目の前に居ますよ』

自分の本名を知っていることに驚きながら、フランは自分の正面を見る。だが、そこには誰も居ない。

 

彼女の正面には強いてあげるなら、先ほどの大きな樹しか存在しない。

 

『そう、目の前の樹が私です』

「えっ?」

その事実を飲み込む為に、四人は十分に時間が必要だった。

そしてようやく四者四様に驚きの声を出したのだった。

 

 

 

「本当に樹が喋っているのですか?」

『では、どうしたら証明できますか?』

そう返され、言葉に詰まってしまうリッタ。

『そうですね。それでは――』

樹? がそういうと、頭上からゆっくりと枝が降りてくる。

その光景はとても異様だった。木の枝がゆっくりと、フランに近づいてくるのだ。その枝の先には一房の蒼い実(巨峰ほどの大きさの葡萄に近い形)。

『どうぞ、フランティスカ』

フランはゆっくりと伸ばされた枝から一粒の蒼い実を摘む。

『これで信じていただけましたか?』

そこまでされたら信じるしかなかった。

先ほどの行為は樹自身が自分の意思で行ったとしか思えない。

「はい、信じます」

『そうですか。ジェラードと同じく、素直ですね』

「ジェラード! それは、この国のジェラード王のことですか!?」

クラウスの驚いた言葉に、三人は振り返る。それほどに大きな声だったのだろう。

『そうです。ジェラード・フォン・ロートヴァルトのことです』

「つまり、この場所に王も?」

『ええ。その通りです』

樹の言葉に、クラウスは息を呑む。まさか王がこのような不思議な体験をしているとは思わなかったのだ。

「すいません、貴方のことをどう呼べば良いですか?」

『そうですね。私自体に名前は無いのですが、貴方方眷族からはオプティマールグロースと呼ばれています』

それは、ロートヴァルトの成り立ちが描かれた本の表題(タイトル)であった。

「オプティマールグロース。究極に偉大なる者、ですか」

『私は自身をどう呼ばれようと構いません。どうぞお好きに』

そう言われても、気軽に呼べるような存在ではないとそれぞれが思っていると。

「それでは、マールと呼んでも良いですか?」

そう、フランが明るく言った。

『ええ、構いません。ふふ、貴女もジェラードと同じように動じないのですね』

「いえ、驚いてはいますが、それよりも感動の方が大きくて。こんなこともあるんだなあと」

フランはそういうと、笑顔を見せる。

「お、オプティマールグロース様」

リッタの言葉に、樹は苦笑する。

『マールで良いですよ、マルガリータ』

「そ、それではマール様。私達はゲオルク様からここに訪れるように言われたのですが、ここにどのような意味があるのですか?」

リッタの言葉に、三人も頷く。

『ゲオルク。懐かしい名前です。あれはとても優秀でした』

「会ったことあるのですか?」

『ええ、久々に眷族にしたいと思わせる男でした』

眷族。どういう意味だろうと思ったが、フランは最初の質問に対しての解答を得ていないため、尋ねるのは辞めた。きっとこれからの会話は分からないことだらけであろうと思ったからだ。

『ここは、ロートヴァルトの王になるための儀式を行う場所です』

「儀式ですか?」

フランの疑問に、マールは、ええ、と答える。

『歴代の王達は、全員その儀式を経て王となりました』

「エヴィンカーも、ですか?」

クラウスの言葉に、マールは肯定しなかった。

『いえ、あの者はこの場所のことを知りません。形だけの王なのです』

先ほどから、マールの発言に引っかかるものをフランは感じていた。

王とは形式的なものではないのか。王とは象徴的なものではないのか。

王になるための儀式。形だけの王。

エヴィンカーが王になったときだって、祭典は行われただろう。形式的なものとしてはそれで十分なはずだ。

それなのにこのロートヴァルトでは、このオプティマールグロースに認められねば王ではないらしい。儀式を成功させなければ王ではないらしい。

自分達が考える(少なくともフラン自身が)世間一般的な王と、マールが考える王というものは違うように感じる。

それでは、オプティマールグロースが考える王とは。そして、歴代の王達が行ってきた儀式とは。真の意味での王とはどのようなものなのだろう?

歴代のロートヴァルト国王達は、皆この儀式を通過したのだという。それはマールの考える王こそが、真の王であることではないか。

マールの意図を酌むことで、初めて歴代の王達と同じ視点に立てるのだろう。

『本来、ロートヴァルトの王とは、私を守る為に生まれた機能なのです』

「どういう、意味ですか?」

リッタの言葉は無理も無いといえる。

ロートヴァルトの王が、オプティマールグロースを守る為に存在しているということは、この国自体がこの樹を守る為に存在しているということに他ならないからだ。

『言葉のままの意味です、マルガリータ。本来、王とは私が危機に陥った時に私を守護するための眷族なのです』

「眷族、ですか」

『元々、この国の王とは、各地を転々とする流浪の民でした。そこでこの国を見つけ、定住することにしたのです。ですが、私の存在に気づいた彼らは私を追い出しに掛かりました。まあ、人間如きに私が後れを取るはずも無く撃退したのです。でも、諦めずに何度も向かってくる彼らを見て、私は彼らとある協定を結ぶことにしたのです。危機に陥った際、私を守護することを条件に、彼らの定住を許しました。これがこの国の起こりなのです』

これがこの国の。王の成り立ちなのかと思いながら、フランは深呼吸をする。

あの日。

母が死んだあの日。

自分は王に成ると決めたのだ。

様々な事で、様々な瞬間、自分は王になるということで悩んできた。

そして、それを解決するたびに更に悩み、今この場所に居る。

未だに悩む連続だ。きっとこの問いは永遠と行われることだろう。

正解などありはしないのだ。民全ての安寧を望む王は、民を一番傷つける暴君でもある。

自分はそうなれるだろうか。いや、成らねばいけないのだ。

最初は小さい志からだったが、日に日に増してくる重圧に逃げ出してしまいそうになった時もあった。

だが、今は違う。

不安が無いと言えば嘘になる。

けれど自分には。経験が無い、力が無い、知識が無い自分には。

それを補ってくれる仲間が居る。

全てのことをできなくて良い。

純粋に人を信じ、決断することができれば、人は王になれるのだ。

究極的に聖人でなくとも。

破滅的に悪人でなくとも。

たったそれだけの事ができるというだけで、人は王になれるのだ。

フランはこの旅を通じてそれを学んだ。

最初は完璧でなくていけないと。王とは聖人であると思って空回りしていた。

だが今は違う。

彼女は自分が何もできないと知っている。

多くのことは手に余ることを知っている。

それが故に、彼女は王なのだ。

さあ、決断しよう。

 

「マール。儀式を受けさせてくれませんか?」

 

フランの言葉に、三人は息を飲んだ。その言葉は、彼女が王になることを真に望んだということに他ならないからだ。

始まりの樹の前で、歴代の王達と同じように、フランは王に成るための。眷族成るための儀式を望む。

『分かりましたフランティスカ。それではその実を食べなさい。それこそが私の眷族になるという証。そして、この国の王になるということです』

ゆっくりと、恐る恐るフランは蒼い実を口に運び、少し硬い実に歯を立てた。

その瞬間に広がる酸味。

そして、痛み。

口の中が焼かれるようだと感じながら、フランはその場に倒れた。

 

 

 

「ふ、フラン様!」

目の前で急に倒れたフランに駆け寄るリッタ。クラウスとジークがそれに続く。

「フラン様! フラン様!」

彼女を抱き起こしながら、リッタは喘ぐフランを見つめる。彼女の足元には先ほどの蒼い実が毒々しく落ちている。

「マール殿! フラン様は大丈夫なのか!?」

クラウスの激昂。無理も無いだろう。彼女の存在は反乱軍の。そしてこの国の希望なのだから。このような場所で死んでしまって良いような人ではないのだ。

『大丈夫です。急激に情報を取り入れたため、処理が追いつかなくなっているだけです。歴代の王達は大丈夫だったのです。彼女は何代にも渡っているのですから、すぐに持ち直すでしょう』

オプティマールグロースはそう言うが、頭を乱暴に掻き毟りながら喘ぐフラン。誰にも大丈夫そうに見えなかった。呼吸ができないのか酸素を取り入れるべく、口は乱暴に息を吸って吐くが逆効果だ。あれではきちんと呼吸ができない。

「フラン、深呼吸だ! ゆっくり息を吸うんだ!」

ジークの言葉はきっとフランに届いていないのだろう。フランは咽付きながらリッタの手の中で暴れる。あれほどに親しんでいた。まるで妹のように可愛がっていたリッタに構っていられないほどに、時折拳や肘が彼女に当たってもお構いなしにフランは暴れる。

「ほ、本当に大丈夫なのでしょうか?」

さすがに心配になってきたのか、泣きそうな声でリッタは誰にでもなく呟く。

「分からん。どうなっているのかさっぱりだ」

クラウスはそう言いながらも、体格負けしているリッタの代わりにフランを抱きかかえると、暴れる彼女を宥める。

「マール様! フラン様は大丈夫なのですか!?」

どうして良いか分からないのだろう(そもそも彼女に分かるはずが無いのだが)、リッタは泣きそうになりながら、叫ぶ。それはこの数日でリッタにとってフランは、大きな比重を占めるまでになっていたことが窺える。

『信じなさい。ロートヴァルトの血筋ならば必ず生還しましょう』

生還する。

つまり、しない可能性もあるということではないか!

瞬時にそのことに気付いたリッタはついに泣き出してしまった。

いつもは自分の予想圏内で物事を捉えることが出来る彼女。ある種の予定調和として物事を捉えることができるが故に、彼女は何事にも動じないのだ。

しかし今は違う、全てが分からないことだらけで、そして自分の至らぬ所で(しかも目の前で)自分の大事な人が苦しんでおり、自分は何もできないという無力さを痛感する彼女は、ついに泣き出してしまう。その仕草は歳相応だが、彼女の普段を知っている者にとっては逆に悲痛だ。自分の無力さを再確認してしまう。

フランを抱きしめながら(暴れる彼女に傷つけられながら)泣くリッタ。クラウスはフランが自傷に走らないように必死に押さえ込み、ジークはリッタと同じように何もできない自分に対して苛立ちながら頭を掻き毟っていた。

「フラン様! しっかり、してください! フランさまぁ!」

「フラン、踏ん張れ! 死ぬんじゃねぇぞ!」

泣きじゃくるリッタは気付かなかっただろう。この場でそれに気付いたのはフランを抱きかかえているクラウスとマールだけ。

泣いているリッタの頭に、優しくフランの手が伸びたのに気付いたのは。

「だい、じょうぶ、だよ、りった」

まだ呼吸が整っていないのだろう、絶え絶えながらもフランは優しくリッタの黒い髪を梳く。白いフードをゆっくり手で外し、直接リッタを撫でる。

「ふらん、さま?」

「ありがとう、リッタ。私の為に、泣いてくれて」

「いいえ、そんな」

「ジークさんもありがとうございます。初めて泣いている所なんて見ました」

「なっ、ち、違うぞ! これは涎だ! 涎が出てるんだ!」

「ジーク、お前の涎は目から出るんだな」

クラウスの言葉に、全員で苦笑する。バツが悪そうにジークは頭を掻いた。

「クラウスさんもありがとうございます。痛かったですよね?」

「リッタ殿に比べればなんともありません」

フランが暴れる際にぶつけたのだろう、リッタの頬は確かに赤くなっていた。

「ごめんね、リッタ」

「これは違います! 泣いたからです」

クラウスの体から離れ、リッタをしな垂れるように抱きしめるフラン。

「大丈夫だよ。心配かけてごめんね?」

「――はい、はい。良かったです」

再度リッタは泣いてしまい、フランはいつも通りに彼女に優しく接した。

先ほどの発作がおさまった彼女は、やはりいつもの優しいフランであった。

「なあ、フラン」

クラウスとリッタに囲まれた(、、、、、、、、、、、、、)フランに、ジークが問いかける。

「何ですか?」

不思議そうに問いかけるフラン。

「何で俺がない――涎を垂らしているって分かったんだ?」

そう、彼女の位置からは、ジークの挙動なんて見えるはずがないのに。

「何でって、ジークさんの鼻を啜る音も聞こえましたし――」

自分で言って、その違和感に気付いたのか。

自分はどうやって、死角になっている彼の挙動を知れたのだろう。

それも隣では泣きじゃくっているリッタが居たというのに、ジークの鼻を啜る音を聞き分けられたというのか。

「フラン様? 耳、耳が」

異様に聞えるリッタの声に、フランは指差されている自分の耳に手を当てる。

あるはずが無い場所に、それはあった。

 

いや、正確に言えば、耳が伸びているのだ。

 

「あれ? え? 何これ!?」

混乱するフラン。当然だ。自分の耳がつい先ほどまでとは形状が違うのだ。強いてあげるとすれば、彼女の耳はロバのように横に伸びてしまっている。

『それこそが、我が眷族の証です』

マールの言葉に、フランは自分の耳を触りながら混乱し続けている。あまり体面のことを気にする性格ではないが、さすがに人とあまりにも違う異貌を持つことに動揺を隠せないのだろう。

「落ちついてください、フラン様。話によれば、ジェラード様もこの儀式を受けたというではありませんか。そのジェラード様はそのような耳をしていませんでした。つまり、それを普段は引っ込めることができるのでしょう」

『クラウスの言う通りです。人と違うということは、それだけで怪しまれる。すなわち、私にたどり着かれる可能性を増やすことと同じです。フランティスカ、意識してみなさい。そうすれば体は元に戻りましょう』

マールの言葉に、フランは必死に耳を戻そうとしているようだが、上手くいかない。マールはそれを無視するかのように続ける。

『フランティスカ。貴女は私の眷族になることで、私の力の一部を使えるようになります。それは私を守護するための特典、と考えてもらって構いません。ただし、その力は貴女がその姿で無いと使えないので、心得ておきなさい。そして、その力は私を守るためだけのもの。つまり、この国でしか使えない力だということ。留意しておきなさい』

マールの言葉に頷くフラン。金色の髪と長い耳は同時に揺れる。

『これで儀式は終りです。フランティスカ。マルガリータ。クラウス。ジーク。私の存在を公にしてはいけませんよ。この国にいる限り、私はそれを知ることができるのですからね』

そう釘を刺された四人は身震いする。こうしてオプティマールグロースは自身を秘匿し続けてきたのだろう。

「えっと、これはどうやって直せば良いんですか?」

フランの悲痛な声にマールは優しく、マルガリータに聞きなさいと言った。

こうしてロートヴァルトに、新たなる王が誕生した。

 

 

 

結局、四人が関所を出る頃になりようやく、フランは耳を収めることができた。リッタに聞けというのは、眷族としての力を行使するには、魔法と同じような切り替えを行わなければいけないからだった。

「でも、ゲオルク様がこの場所に向かうように残したのは、こういうことだったのですな」

クラウスの感嘆に、リッタは頷く。

「本当に驚きましたね」

「驚いたも何も、リッタは泣いてたじゃねえか」

ベデヒティヒに乗るジークは、自分の後ろに乗っているリッタを冷やかす。

「なっ、違います! あれは、その、涎です!」

そして、リッタは自爆していた。

「おや、リッタ殿も目から涎が出るのですな」

「せめて鼻水だったら良かったのにな!」

「いや、ジークさん。それもどうかと」

そうして四人は笑いあう。

顔を赤らめながらリッタは、こほん、と咳払いをする。仕切りなおすことにしたらしい。

「でも、お爺様がここに向かわせたのは、フラン様に王位継承をさせるためだったのですね」

頷くフラン。

「そうだね。何かさっきよりすごく体が重く感じる」

「大丈夫ですか? やはりまだ体調が優れないのですか?」

心配そうに問うクラウス。

「そうだぜ? あんなことがあったんだ。一日くらい休んでも罰は当たらねえよ」

ジークも同じ思いなのだろう。しかし、彼の言葉にフランは首を横に振る。

「違うのです。きっと出発前と体調は変わらないのです。ですが、先ほどの眷族化、とでも言うのでしょうか? あの状態から比べると、どうしても体が重くて仕方ないのです」

フランはそういうと、自分の手を見つめる。

「感覚が鋭敏になるのかもしれませんな。離れたジークの啜り泣きを聞き分けられたくらいですし」

クラウスが冷やかすようにジークを笑う。

「ったく、クラウス様は人が悪い」

今後これで冷やかされるのだろうと、ジークは溜息を吐く。

「そうかもしれません。ジークさんの鳴き声が今でも耳に残ってますから」

「なっ! フラン、そりゃあねえぜ」

再度笑いあう四人。

「それではアジトに向かいましょう。革命の為に策を練らねば」

フランのその言葉に、三人は頷く。

決戦は近い。

 

 

 

数日後。

フラン達は反乱軍のアジトに帰ってきた。

クラウスとジークが戻ったことで、反乱軍の士気は最高潮に達する。

アジトに着いた矢先、クラウスが集まった兵達に明日、作戦本部前に兵を集めるように言うと、兵士達はいよいよこの国に革命が起きるのだと血気盛んに声を張り上げた。今まで訓練や諜報に明け暮れていた鬱憤を晴らすかのように。

その日の夜。旅を終えたばかりで疲れが溜まっているだろうと、クラウスはフランとリッタ、ジークに骨を休めるように告げると、どこかに消えてしまった。

フランは自分に宛がわれた赤く装飾の施された部屋で、あの日と同じように月を見ていた。

明日から本格的に反乱軍は動き出す。不安材料であった軍師も加入してくれたし、自分も歴代の王の末席に加わることができた。

後は革命を遂げるだけだ。多くの犠牲は出るだろう。失敗してしまったら、更なる悲劇が民を襲うかもしれない。そう考えるとフランは落ち着かなかった。

だからかもしれない。自然と足が部屋の外に向いたのは。

前と違い、逃げたいと思っているわけではない。気晴らしの散歩だ。

自分の部屋を出て、夜の冷たい風が空から吹き込んでくる。天井が無い山内だからだろう。ただ、上空に見える巨大な岩と岩の間からは、自分の部屋から見える月とは比べ物にならないくらいに、美しく月が望める。

梅雨が明けたからか。最近空を眺めることが多くなったと、フランは気付いた。あの丸く浮かぶ月には不思議な魔力があるのか思わず彼女は眺めてしまう。

「今日は名月ですね」

振り返ればリッタの姿。いつものように白いフード付のローブ姿ではなく、靡く布が色とりどりに幾重も使われている優雅な衣装であった。その出で立ちはまるで、物語に登場する天女のよう。ただ、彼女の身丈が足りないのか、折角の衣装を地面につけない為か、着崩すように羽織っており、それが更に可愛らしさを、それと同時に優雅さを顕在させていた。

「可愛いね、リッタ」

「恥ずかしいですけど、ありがとうございます。でも、フラン様も美しいです」

彼女もまた、リッタと同じように衣装が用意されていた。

服の色は彼女の髪に映えるオレンジ色で、同じ色で腰の帯で大きなリボンを作っている。腕の部分には羽のように広がる布の遊びが施された、神秘さと明るさを内包した服装。中央の帯で服を固定しているため、彼女のふくよかな胸元と健康的な肩と背中が大胆に露出している。彼女の金髪の上には白く紐を長めに取り、垂れるようにしな垂れる白いリボン。

今までの旅を想定した動きやすさを重視した服装とは違い、リッタの着ている服装と同じように人に見せる為に作られた服装だ。

「私、このように着飾ったの生まれて初めてです」

そう恥ずかしそうにリッタはその場で回ってみせる。染色された幾重の布が舞った。

「私もかな。お城に居たときは着飾っていたと思うけど、あまり覚えてないから」

フランも同じようにその場で回ってみせる。腕を包む布が風に舞う。まるでオレンジの花が咲いたようだ。

「少し、歩こうか」

「はい。私も眠れなかったのです」

二人はそうして、夜の散歩をすることにした。

「ねえリッタ。リッタでも不安に感じるの?」

どことなく、二人の足は鍾乳洞の方に向かう。フランが少し前に気になっていたので見に行こうという事になったのだ。

「ふふ、当たり前です。私はそこまで完璧ではないですから」

「そうなの? しっかりしてると思うんだけど」

「そう見せているだけです。私だって日々不安に思っていますわ。私の采配で人が死ぬと思ったら、責任に押しつぶされそうになってしまいます」

彼女のその寂しげな表情に、思わずフランは彼女の手に自分の手を重ねて握る。

「大丈夫だよ。リッタはすごいんだから。自信持って良いよ!」

「ありがとうございます。でも、私からすればフラン様の方がすごいと思います」

意外な言葉にフランは思わず、えっ、と音を零した。

「オプティマールグロース様の所で、フラン様が儀式に望まれた際、私はただ泣くしかできませんでした。あんなに勉学に身を費やしてきたというのに、何もできず、自分の無力さと、フラン様を失ってしまうのではないかという焦燥のみに囚われ、泣くことしかできなかったのです」

リッタの言葉にフランは強く彼女の手を握る。

「あの場で本当に苦しかったのはフラン様だったというのに、私は泣くことしかできなかったのです。でも、貴女は違った」

そういうとリッタは立ち止まり、フランの顔を真っ直ぐに見る。

「貴女は私を泣き止ませてくれた。あんなに苦しんだ後でもフラン様は私を第一に考えてくださった。私にはできないことです。自分を第一に考えて潰れてしまった私には、フラン様がとても偉大に見えるのです」

リッタのその真っ直ぐな視線に、フランは同じように真っ直ぐ向き合う。フランは空いた片方の手を握り、リッタと円を作るように向き合う。

「でも、私はリッタを傷つけてしまったよ」

「そんなことありません。私は貴女にそれ以上の優しさをいただきました。以前の私には存在しない感情を、貴女から沢山戴いたのです。ですから、今は前ほどに不安を感じていません。フラン様が傍に居てくださるからです」

そういうとリッタは照れくさくなったのか、彼女は片方の手を離し、鍾乳洞の奥へと引っ張る。

「そっか、私もリッタと一緒だから、怖くないよ」

フランはそう言うと引っ張られるだけだった足並みを揃え、改めて手を握る。

「――満ち欠けの」

リッタの言葉に、フランは思わず聞きかえす。

 

「満ち欠けの 理はずることなれど 掛かる朧を晴らさんと思う」

 

リッタは一人、言葉を紡ぐ。まるで自分に言い聞かせるように。

「どういう意味?」

フランの問いかけにリッタは頷く。

「運命は月の満ち欠けのように定まっているかもしれないけれど、それに掛かる雲は晴らすことができるだろう、という意味の歌です」

その歌はまるで、今の自分達のようではないかと、フランは思った。だからこそ彼女はこの歌を詠んだのだろう。

「リッタが作ったの?」

「い、いえ。そんな才能は私にはありません」

慌てて否定するリッタ。その仕草は可愛いとフランは思った。

「この歌は、戦に出向く前に一人の軍師が詠んだとされる歌なのです。その人の所属する国が絶望的なまでの戦力差を持つ国と戦になった際、詠んだとされています。その人がどうなったか分かりません。そもそも実在の人物だったのかさえ。ですが、私はこの歌を詠んだ軍師の気持ちが理解できるのです」

フランは頷く。

やけに恥ずかしそうにしているリッタを見ながら、彼女は繋がった手をしっかりと握りなおす。まるで相手に安心を与えるかのように。

「人事を尽くし天命を待つってことだね。大丈夫。私達ならやれるよ」

彼女の花のような笑顔に、リッタはそれにぎこちないながらも可愛らしい笑顔で頷いた。

 

 

 

「お、フランにリッタじゃねえか」

二人が鍾乳洞に到着すると、そこにはジークが居た。

産まれたままの姿で。

しかも彼は仰向けに鍾乳洞内の湖で泳いでいる。

「ひゃぁ!? じじじ、ジークさん、何やってるんですか!? あっ! リッタ、見たらダメ!」

リッタの後ろに隠れるようにしながら彼女の目を隠しつつ、フランはジークに問いかける。ただし、相手の格好が格好なので、絶賛動揺中であるが。

「何って、水浴びに決まってるだろ。可笑しなこと聞くな、フランも」

ははは、と笑いながら洞窟内を流れる湖を泳ぐジーク。彼は器用に泳ぎ方を変更し、まるで蛙のように泳ぎ始めた。ただそのせいで彼の尻が半分浮き出て、まるで移動する二つ小島のようになった。

「いいいいいから! ふ、服! 服を着てください! 早く! 命令です!」

その光景をなるべく見ないようにしながら、フランはその二つの小島に向かって言い放つ。

「む、命令とあっちゃあ、無視できないな」

そういうと、ジークは湖からこちら側に向かって泳いでくる。そして、フランたちの居る足元に手を掛けて一気に湖から這い出た。

無論、産まれた時のまま姿で。

「ひゃああああぁぁぁぁぁ!!!!」

「きゃぁぁ! 痛い! フラン様痛い! 目、擦れ! ふらんさまぁ! うう、って、ジークさっ! きゃぁ! 目ッ!?」

大惨事であった。

特にリッタは何が何だか分からず、いきなり動揺して手元が狂ったフランによって、目を擦られて痛手を負っている。それに気付いたフランが手をどけることで、リッタもジークを見てしまい、それに気付いた彼女に、再度目を擦られた。

しかもそれを心配してか、全裸のままジークがリッタを心配して近寄ってきたものだから、状況は悪化する一方であった。

先ほどまでの落ち着きようが嘘のように、フランとリッタは騒ぎ立てている。

数分後。

きちんと服を着た、頬の赤いジークが二人の前に姿を現した。

結局フランに平手打ちを食らい、物陰で服を着たのだった。

「ってえ。フランも案外力あるんだな」

頬を撫でながらジークはぼやく。

「ジークさんが悪いんですからね!」

「減るもんじゃねえんだし、別に良いじゃ――」

「良くありません! 私は良くても、いえ、良くありませんが! リッタが居るんですよ! 悪影響があったらどうするんですか!」

リッタを後ろから撫でながらフランはジークを叱る。ただ、赤面しているためさほど威圧感を与えていなかった。

「いいじゃねえか、なあ? リッタ。もう俺達は運命共存なんとやらだ」

「ジーク様、共同体です」

「そう、体だ。そんなことで目くじらを――」

「駄目です! 親しき仲にも礼儀ありです」

フランがそういうと、ジークは、分かった分かった、とおざなりに返答する。

「それにしても、二人は何だってこんなところに居るんだ?」

「私達は寝付けないので散歩していたところです」

それに頷くリッタ。

「なるほど。まあ、俺も似たようなもんだから気持ちは分かるがな」

「ジークさんもですか?」

意外そうに問いかけるフラン。確かに彼の性格上、そのようなことを言うとは想像し難い。

「ああ。明日から本格的に活動するんだと思ったら昂っちまってな。明日の為に、俺達は必死にやってきたからどうしてもな」

この国を変えるべく国から離反し、正当性を求める為に王位継承権を持つ者、フランを探した。そしてようやく本格的に反乱軍はその活動を開始することができるのだ。どうしても準備に時間を割かないといけなかった分、彼はやきもきしていたのだろう。

「で、気を引き締めようと冷水で泳いでたわけだ」

ジークのその言葉で先ほどの光景を思い出してしまったのだろう、フランは赤面する。

「んで、二人はこれからどうするんだ?」

ジークの言葉に二人は顔を見合わせる。

「そうですね、まだしばらく散歩してみようと思います」

「そうか、俺も付き合って良いか?」

ジークの申し出にフランは元気に頷いた。

そして三人は、鍾乳洞を歩き回り、洞窟の外に向かうことにした。なんという理由もない。ただ、こんなにも月が綺麗なのだから、全身に月光を浴びたいと思っただけ。言うなれば気まぐれだ。

ジークはいそいそと酒を準備するのを待って(フランは苦い顔をしていたが)三人は暗い洞窟を抜けて、淡い光の下に出た。

洞窟の外は木が伐採されており、それはあのアジトを見た後だと納得できる。

心の中でオプティマールグロースに謝罪しながら、フラン達三人は、白い香花の咲き誇る野原に着く。

「綺麗だね」

オレンジの裾を草露に浸しながら、フランは花を編み始める。それをリッタは不思議そうな顔で見ていた。

「フラン様? 何をなさっているんですか?」

「えへへ、はい、リッタ」

フランはそういうと、リッタの頭に白い花冠を載せる。

「うわぁ、すごいです。ありがとうございます! すごいです、こんな素敵なものが作れるなんて」

リッタは頭の上に載った白い花冠に、歳相応の笑顔を見せる。

「リッタはそういうの作ったことないの?」

首を横に振る彼女に、フランは笑顔になる。

「それじゃあ、教えてあげるよ」

二人で花冠を作り出したのを眺めながら、ジークは黒い筒を地面に置き、自分で酒を手酌しながら月を仰ぐ。

この二人の少女が、明日から始まる戦の主要を握るのだと。

二人でジークを花だらけにしながら、三人で騒いでいると、ふとフランの顔が真剣みを帯びる。先ほどまで笑顔だったと思えないほどに真剣で、それはどこか懐疑を帯びていた。

「どうしたのですか? フラン様」

「今何か聞えなかった?」

彼女の言葉に周囲を見渡すも、結局何も見当たらなかった。

「可笑しいなあ? 何か話し声が聞こえたと思ったんだけど」

「私達の言葉が反響したのでは?」

「そんな感じじゃなかったと思うんだけど」

やはり辺りを見渡すフラン。その姿にリッタとジークは顔を見合わせて首を傾げる。

「それじゃあ、フラン。耳を伸ばせば良いじゃねぇか」

「み、耳ですか?」

確かにジークの言い分はもっともだが、どこか気が引ける。

「だって、変身すれば耳が良くなるんだろ?」

確かに耳は良くなる。だが長くもなる。まあ、変化する場所といえばそれくらいで、後は特に変化もなく感覚やら身体やらが向上する。

「で、できますかね」

一応リッタの軽い指導の下で、ジークの言う所の変身は解くことができた。でも、自分からまだそれをしてみようと思ったことはなかった。

「えっと、リッタ。どうすれば良いんだっけ?」

「眷族化なされるんですか?」

眷族化。確かにそのままだ。彼女は自分なりにもっと良い言い方を考えないといけないと思いながら、リッタの言葉に頷いた。

「そうですね。その現象が魔法と同じだというならば、フラン様ご自身の中に一つの切り替え(スイッチ)が必要になります」

「切り替え?」

リッタは頷きながら続ける。

「私の場合はこの辺り。例えばこの花畑一面でしょうか? この周囲に蜘蛛の糸を張るような感覚ですね。自分の意識を、意図を糸のように伸ばしてこの空間を覆ってしまう。自分の意識の支配下にこの空間を置いてしまうのです。自分という存在をそのように合わせ鏡のように無数。いいえ、まるで無限にこの空間に満たすことで、この空間内において私は魔法が使うことができます。正確に言えば、魔法を使える空間を形成するとでもいうのでしょうか。もちろん、人それぞれによってもっとも得意とする投影(イメージ)がありますので、フラン様はフラン様なりの自己を切り替える投影(イメージ)を養うことが大事です。まあ、最初は肩を張らずに自分という存在を消すかのように、何も考えないことから始められるのが良いと思います。そして、無から最初に生み出た光景こそ、自身に最も馴染む変格の投影なのでしょうから」

すらすらとリッタが話をしているが、フランにはいまいち理解できなかった。彼女のすぐ後ろではジークが眉間を摘みながら酒を飲んでいる。どうも彼女以上にリッタの言葉を理解できなかったようだ。

要約すれば、まずは何も考えないようにして、本当に何も考えていない状態から、最初に思い浮かべた光景こそ、自分の切り替えに最も向いている光景なのだとか。

リッタはそれを己が起源から発生する原風景なのだと言うが、そのようなことを理解していなくても魔法というものは使えるらしい。

フランは意識しないということを意識しつつ、この空間に溶けていく。

風の吹く音を聞いて、風を感じてしまった時点で意識しているということを認識したフラン。なるほど、何も考えないというのは思っていた以上に困難であるようだ。

それからたっぷり十分。

フランの耳は横に、それこそロバのように伸びていた。

「なんか恥ずかしい」

顔を赤くしながらフランは耳を揺らす。その耳に二人とも注目してしまっているのだから彼女の反応は当然だといえる。

「さすがフラン様です。こんなに早く成功するとは」

驚愕するリッタ。その賛辞がどこか浮いて聞えるのは、彼女が無意識的にそれを使っているから、このような速度で自らの切り替えを行える人物、彼女は知らない。普通のものであればまず成功しないのが普通だ。現にリッタでさえ、自分の切り替えを認識できるようになるまでには六年掛かった。それをものの十分ほどで目の前の王はやって見せた。それを驚かないで居る方が無理だという話だ。無論、魔法を使うのと眷族になるのでは、難易度が違うのかもしれないが、それを加味しても十分に驚愕に値する速度だといえる。

そんな事情を知らないジークとフランは、耳が伸びたという話題で小さく沸いていた。

「それでフラン。何か聞えるか?」

念のためか、黒い筒を拾い上げながらジークは問う。

「はい。足音がはっきり聞こえます」

地面は土だというのに、足音を正確に拾っているという、フランの感覚の向上に彼は驚きながらも、筒を強く握る。

「こっちに近づいてくるみたいです」

フランのその言葉で、空間の緊張感が一気に高まった。

そして、フランだけでなく、リッタとジークにもその存在が分かるほどに気配が濃密になる。足音ではなく、草を分けながら進むような音が聞え、ついにこの広場にそれが到達する。既にリッタとジークは戦闘を想定した陣を組んでいる。

「ん? おぬし等こんなところで何やってるんだ?」

その主は、如何にも呆れたといわんばかりに三人に言った。

広場に現れたのはクラウスだった。

「く、クラウスさんこそ何をしてるんですか?」

「ふむ。私は散歩をしていたのです」

「私達も同じです」

彼女達の後ろでジークは酒をクラウスに見えるように掲げる。クラウスはそれに苦笑して返す。

「それでは、私もご一緒してよろしいですかな?」

断る理由もないので、四人はその広場で月光を浴びながら思い思いの時間を過ごすのだった。

これが最後になるかもしれないという思いを隠しながら。

 

 

 

次の日。

作戦室の前で四人の男女。フラン、リッタ、クラウス、ジークが居た。

彼女等の前にはこのアジトで生活している全ての人間の姿。狭い空間にこれほどの人間が居たのかと呆れてしまうほどの人数。兵とその家族やらを合わせて優に千は越えている。

民は今朝方、鐘が鳴ったら作戦室前に召集するように言われており、具体的な内容は聞いていない。なので彼らは今から何が始まるのかと様々な憶測が飛び交っていた。

彼らの前に居るのはこの反乱軍の実質的な頭角であるクラウス。彼が人を集めるということは、ついに革命が起きる日が近いのだろうというのが、もっぱらの憶測だった。

だが、一部の人間こそ(それこそ、子供などは)知っているが、クラウスとジークの隣に居る、美しく着飾った若い少女達の正体が分からない。二人の娘だと言われたらなんとなく納得するが、どうも違う様子。時折クラウスとジークがオレンジの服装をした金髪の少女に傅くからである。

もう一人の色とりどりに着飾った少女も、クラウスやジークと同じ位置に、木製の扇を手に何やら彼らと話している。背丈はから推測するにまだ成人もしていないような少女が、反乱軍の実質的なリーダー格二人と対等な位置で対等に話しているのである。

その二つの事柄が民の推測を様々な方向へと向かわせている。

そして、咳払いが聞える。

その音は洞窟内を乱反射し強く響く。民の私語を抑えるには十分だった。

その主はクラウスだ。

「これより、皆のものに紹介せねばならぬ人が居る」

その彼の言葉で、二人の少女こそが彼の言う紹介する人物なのだと推測できた。だが、わざわざこの洞窟に住まうほぼ全ての人間を集めてまで紹介しないといけないほどの。しかも反乱軍を束ねる男が、改まって紹介せねばならぬ相手。

それは民を一つの結論に向かわせるには十分だった。

そもそも、ジークと同じように最初の反乱軍の目的は、王位継承権を持つものを探すというものだった。

そしてクラウスとジークのあの態度。

つまり、二人の少女のうちどちらかが、目的の少女なのだろうと、民は息を飲んだ。

ついに革命は起きるのだ。王位継承権を持つものを掲げ、我が愛国を暴君から救うのだと。

クラウスに促されたオレンジの衣装を着た少女は緊張しているのか、左手と左足が同時に出てしまっている。

そしてそのまま緊張した面持ちで少女は民の前に出た。

「私はフランティスカと言います。フランティスカ・フォン・ロートヴァルト。この国の王位継承権、第六位を持つ者です」

その言葉と共に漏れるのはどよめき。

やはり推測は当たっていたのだという事実。あの少女がこの反乱軍の、引いてはこの国の王になる人なのかという敬意。歳を老いた者の中には、フランに対して手を合わせていた。

そして、子供達は驚愕している。最初にジークが連れてきた際に会った少女が。昨日、夜になるまで一緒に遊んでくれていたお姉さんのような人が、本当は王様だったという事実に。

「皆さんは、今のこの国をどうお考えですか?」

フランはそういうと辺りを見回す。

「それでは、そこの黄色い服の方」

「お、俺ですか!」

まさか自分が指名されるとも、まさか会話を欲しているなどと思わなかったその男は、ガチガチ、と歯を鳴らしながら立ち上がる。

「お、お、俺は、今のこの国は、嫌いです」

「それは何故でしょう?」

「俺は、へ、兵士でした。敵軍ならまだしも、沢山の民も手に掛けました」

その発言に、クラウスは苦い顔をした。それを止める為に反乱軍を立ち上げたとはいえ、その命令を彼が止めることはできなかったからだ。決起するのが遅すぎたという思いに彼は囚われる。

「他に、誰かありませんか?」

「ぜ、税も高くて、今まではそんなこと無かったのに! 村は寂れていく一方です!」

兵士とは別の、女性が立ち上がる。

「そのせいで、野盗に堕ちないといけないといけなかった奴もたっくさん居る。オラの親友も税のせいで死んじまった」

ボロを着た髭だらけの男が立ち上がる。

「はい。私の義理の母も、野盗に殺されてしまいました」

フランの言葉に、上がり始めていた不満は、ぴたりと止んだ。

「私の住んでいた城が襲撃された際に、私を逃がしてくれた侍女でした。小さかった私を連れて、ずっと私を優しく、時には厳しく育ててくれた人です」

目の前に居る少女。いや、王もこの狂った国の被害者なのだという事実が、皆に静聴を促したのだろう。

「皆さんと同じように、私はとても悲しかった。そして同じような境遇の人を増やしてはいけないと思ったのです」

静かに、フランの言葉は千の心に浸透していく。

「私は偶然にも王位継承者でした。ですが、私にはその力はありません。この国を変えたいと、皆さんと同じように志はあるのですが、その力が無いのです」

そして、少しの間が生まれる。聞えるのは風が鳴る音だけだ。

「ですが私の目の前には、こんなにも多くの力があります。どうか、私を助けてくれませんか? この国を変える為に。いいえ、この国を救う為に、皆様の力を、私に貸してください」

そういうとフランは、民の前で頭を下げた。

深々と下げられた彼女の姿に全員が唖然とし、次の瞬間に大きな歓声と割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

 

 

 

巻き起こる拍手は止むことはなく、この渓谷中に響く。

その最中、はにかむフランを横目に、一人の兵士がクラウスの下に静かに近寄る。

「なっ、分かった、すぐ向かう。お前はここで待機しろ」

クラウスはそう言うと、兵士はその場を離れる。

フランは大勢からの拍手を受けて、あらゆる方向へとお辞儀をしていた。

「どうしたんですかい」

ジークは小声でクラウスに尋ねる。

「アジトのすぐ近くの村で、ロートヴァルト軍が村を襲撃しているらしい」

「なっ!」

「様子を見に行く。ジークついてまいれ」

「はっ!」

小さいやりとりの後、二人は静かにその場に背を向けた。

 

 

 

マルガリータが軽く自己紹介をして、その場は解散となる。フランは皆に明日より本格的に反乱軍は始動すると告げ、やはり割れんばかりの拍手と歓声に迎え入れられてその場は終幕する。

「あれ? クラウスさんとジークさんはどうしたんですか?」

顔が赤いフランはリッタに尋ねる。彼女も首を左右に振った。

「あの、すいません」

フランは近くに居た兵士に声を掛ける。その兵士はフランの顔を見るや否や、即座に敬礼をした。

「そ、そこまで畏まらなくても」

「い、い、い、いえ! 滅相もありませン!」

会話がかみ合っていないのは、きっと兵士が緊張しているからだろう、先ほどまでこの少女は誰なのだろうと思いながら見ているうちは良かったのだが、いざ王と分かり緊張が高まり、そして今この瞬間に爆発してしまっている。

「えっと、クラウスさんとジークさんを見ませんでしたか?」

「ハッ! クラウス様とジーク様両名は、アジトの外に向かわれましタ!」

えっ、と声を漏らして、フランはリッタに向き直る。

彼女もそれに首を傾げる。

「すいません、何をしに行かれたか分かりますか?」

「イエ! 報告を受けてすぐに出かけられたのは確認していますが、行き先までハ!」

いちいち言葉尻が可笑しいのは緊張のせいなのだろう。

「報告をした人は誰ですか?」

「ア、あの人、方です!」

その兵士が指を指したのは皮製の軽部装(ポイントアーマー)を着た、一人の女性兵士だった。茶色く短い髪をしており、フランとジークの間くらいの年齢だろうと思われる。腰に刺さった長騎剣を指でいじりながら壁に背をもたれている。

「ありがとうございます」

「イエ、恐縮デス!」

極度の緊張から解放された兵士は、敬礼をした後にその場を後にした。

フランはリッタと一緒にその兵士の下に向かう。

「あの、すいません」

フランの声に、その女兵士は即座に壁から背を離し、敬礼する。

「ハッ! 無様な所をお見せしてしまい、申し訳ありません!」

「い、いえ、構いません。あの、質問があるのですが!」

「私に答えられる事であれば!」

先ほどの兵士とは違い、緊張はしているのだろうがそれを見せることはない。

「貴女がクラウスさんに報告したと聞いたのですが」

「ハッ! 確かにクラウス千騎長に報告しました!」

「内容を教えてもらっても?」

リッタの言葉に兵士は頷いた。

「この付近。南の方角にある村がロートヴァルト軍に襲撃されているとお伝えしました! クラウス千騎長には私にここで待機するよう命じられましたので、命令を実行中です!」

「襲撃ですか!」

フランの悲鳴にも近い声を漏らしながらリッタを見る。

「フラン様、如何しましょう?」

リッタの言葉に、フランは強い眼差しで彼女に頷く。

「無論、助けに行きます! それが王たる者の務めです!」

答えを予想していたのだろう、リッタは微笑みながら力強く頷いた。

「えっと、貴女の名前は?」

リッタの問いに、女兵士は答える。

「ハッ! 元ロートヴァルト軍、クラウス隊所属、十騎長のカレンであります!」

「カレン、貴女の隊はすぐに動かせますか?」

リッタの問いにカレンはすぐに頷く。

「半周旗(約五分)もあれば発てます!」

「分かりました、それでは兵を集めてください、揃い次第出立します」

リッタの言葉に、カレンは右手を丸め左手でそれを包むと、声を張り上げ兵を集めに行った。

そしてきっかり半周旗後にはフランの目の前には十人の兵士の姿があった。

「それでは出発します。フランティスカ様の警護を最優先に進みます。カレン、案内してください!」

そして、総勢十二人でフラン達はアジトを後にした。

 

 

 

カレンに案内された村で見たものは、倒れた兵士、焼かれている家、逃げ惑う人々。そして、切り殺され、焼き爛れた人の姿だった。

その光景は、ほんの一ヶ月前ほどを連想させる風景だ。

自分の最愛の人を亡くしたあの忌々しい光景。

「リッタ!」

つい彼女の名前を出してしまうフラン。それはきっとすがっているのだ。あの日が再燃(フラッシュバック)してしまったから。同じようなことになってほしくないと、つい声を上げてしまったのだ。

「はい、フラン様」

リッタは彼女の言葉に頷くと、カレンに向き直る。

「先ずは住民の避難を最優先です。二人、まずは村人の誘導を。二人は村の外周の斥候後、崇徳の陣(二手に別れ、再度合流する)にて、一人は敵の陽動、一人は村入り口から報告に着なさい。次に二人は水源を見つけ鎮火に。二人は敵の陽動です。二手に別れながら敵を引き付けておいてください。無理はしないように。残りとカレンは私と一緒にフラン様の護衛です。クラウス様とジーク様の発見を念頭に置きつつ、敵の排除を!」

迅速に指示を与え続けるリッタ。カレンはそれに頷く。

「了解しました、マルガリータ様! お前たち、散開しろ!」

カレンの一声で、まるで弾けたかのように各自の命令を実行する兵士達。良く訓練されているとリッタは思った。

「さあ、フラン様。私達も行きましょう。本来貴女様を連れて行くのは気が引けるのですが、フラン様なら黙って着いてきますものね」

苦笑するリッタにフランは自分の頬を両手で挟むように叩く。気を引き締めなおしたのだろう。少し頬が赤み掛かった。

「そうだね。うん、ありがとう、リッタ。カレン」

「勿体無いお言葉です、さあそれでは行きましょう! 私が先陣を切りますので、皆さんはその後を!」

カレンはそういうと長騎剣を抜き村に入っていく。先頭にカレン、次にリッタ、フラン、二人の兵士という隊列で火の上がる村に五頭の馬は突入していった。

 

 

 

ジークが村に到着したときは、既にロートヴァルト軍が村に火を放っていた。

村人は急いだ風に逃げ惑い、村から一斉に離れていく。

流れてくる村人を交わしながら、彼はクラウスと一緒に村の中心地へと馬を走らせる。

「ハァツッ!」

自慢の槍(名こそ無いが)で兵を一人、また一人と倒しながら中心へと進む。

「酷いもんですね」

「まったくだ。だが、これから革命が起きるのだ、私たちが死ぬわけにはいかん! 注意しろよジーク!」

「分かってますって! ドルアァ!」

槍を振り回しながら器用に馬を操るジーク。

そう、彼らがここで死ぬわけにはいかないのだ。自分達が死んだら、きっとフランやリッタは悲しむだろう。反乱をやめるということはないだろうが、それでも足は遅くなるのだろう。そして、その分このような村が増えていくのだ。

「にしても」

ジークはある種の違和感を覚えていた。

それは村人の被害の少なさだった。

確かに火の手は次々に上がり、村は少なくとも終わっていくのだが、村人が事切れて死んでいる光景というものが圧倒的に少ない。そう逃げ遅れたのだろう、あちらこちらで死んでは居る。だが、一ヶ月ほど前見たカープフォートの襲撃に比べれば、野盗と兵という違いはあるのだろうが、被害の差が目に見えている。

野盗という職業(そう呼べるかは怪しいが)は、本来盗むだけである。正確に言えば村を襲わない代わりに貢物を要求する形が一般的だ。馬車や旅人を襲うならばともかく、村を襲う際にはそういう風に交換条件をつけるのだ。カープフォートの場合は自分達の力の披露という名目があったが故に、少し規模が大きかったが、それでも村が死滅するような略奪ではなかった。村が絶えてしまえば、結局困るのは自分達だということを野盗側も分かっているからだ。

だが、この襲撃は規模があまりにも小さい。確かに火の手は上がっているし、死者も出ている。だが、野盗よりも数段上の武力を持っているはずの国軍が、何故このような小さな規模で纏まっているのか、ジークはそこを不審に思っている。

「何が目的なんですかね?」

クラウスも彼と同じことを思っていたのか、主語を使わずとも話が通じた。

「分からん。それも含めての偵察だ。お前が突っ込んで行ったから、もはや偵察と呼べるかは怪しくなってきたがな」

そう苦笑するクラウスに、ジークは小さく、敵わねぇなあ、と呟いた。

自分たちの存在は絶対に知られてはならないという前提があったにもかかわらず、ジークはいざこの光景を目にしたら居ても立っても居られなくなってしまった。そして今に至るのだった。どのみち、フラン達のことだ、放っておいても後を追ってくるに違いない。それならば自分達は最初に草払いをしておかなければならないのではと、無理にクラウスをこの場に引っ張ってきたのだった。

ともかく、彼はこの村の襲撃の真意を確かめる必要があるのを確信した。

派手に襲うならまだ分かるのだ。あの悪趣味なエヴィンカーの見せしめだと判断できるが故に。むしろそれだったら好都合だとも言える。たったこれだけの規模の破壊しかできないような戦力差で、のこのこ、と大将が首を持ってきてくれたのだから。でも、そうではない様子。確かに彼も過去に見せしめの一環として暴力的な行為を行ったことがある。無論それは本心ではなく、他の多くの兵達も同じ気持ちだ。嫌々ながらにこのような行為をしているのであれば、必要最低限の破壊、つまりはこのような状況になるかもしれない。

ジークは無いと自評する頭でそのようなことを考えながら槍を振るう。

そうして、彼等は村の中心部へ近づいていく。

そこで彼は驚愕することになる。

 

 

 

「ジークさんとクラウスさんですかね?」

倒れている兵士を見ながら、フランは呟いた。

彼女の乗る馬を操縦するリッタにはその呟きが聞えたのだろう、そうでしょうね、と小さく返す。

そのように素っ気無いのは無論敵の攻撃に備えているからであり、それはあまりにも規模の小さい破壊であると思っているからだった。それは数刻前のジークと同じ感想だった。

ただ一点。彼と彼女の思考で食い違うのは、どうして、というものだった。

それは彼女達の前方に見えるのが銀の鷹を象った旗だからであり、その旗は、かつてのクラウスが率いていた隊の象徴だったからである。

「銀の鷹。シュバルツか!」

カレンの声にリッタは心の中で頷いた。

現在、クラウスの率いていた隊を受け継いだのは彼の一番弟子であり、百騎長であったシュバルツだ。実力だけでいえばクラウスに引けを取らないほどの名手であり、千騎長が最も信頼を寄せていたというのも彼である。

「だ、誰? しゅばるつさん?」

「簡単に説明すると、クラウスさんの元部下です」

そして、謀反を企んでいたクラウスを殺害して、その座に収まったとされる人だ。

リッタはそこを伏せて説明すると、フランは一瞬不思議そうな顔をする。がそれも束の間だ。

「あっ! リッタ! ジークさんが居る! 戦ってるよ!」

リッタには見えない距離を捉えたのか、フランはリッタの腰に強く手を回した。

眷族化していない通常時でも感覚が向上しているのか、とリッタは分析しながら前方を注視する。確かに前方で何かがちらついているようだ。

「急ぎましょう! ジークさんが後れを取るとは思いませんが、数が数です!」

リッタの声に、カレンは一瞬こちら側を向き頷くと、馬を更に加速させた。既に住人は避難しているのか一人も見当たらずに馬は安易に村の中心を目指すことができる。

 

 

 

その旗を見たとき、ジークは一瞬にして嘔吐感を覚えた。それは自分がかつて所属していた隊の象徴であり、目の前に居るのは自分達と生死を共にした戦友であり、同じ師を仰ぎ、切磋琢磨しながら競い合った男が居たからだった。

シュバルツ。まるで女性のように涼やかな目元と長く美しい金髪。陶磁器のように白い肌。まさに自分と正反対な。対存在だと認識している自分の兄弟弟子であり、好敵手であり、一番の友人だった男が目の前に居た。

そして、彼の手元には一振りの槍。虚空に振れば天を裂く音を奏でるという逸話を持つまさしく名槍。その名を“天音”。

クラウスを殺害したことで、その隊を引き継ぐのと同時に携帯を許されたシュバルツ自慢の槍である。

「よお、シュバルツ。お前こんなところで何しているんだよ」

「よせジーク!」

クラウスの静止を振り払い、ジークは馬を下りてシュバルツの前に降り立つ。

シュバルツの背後には旗を持つ者も含めて十人の兵。

「ふむ、誰かと思えばジークですか。そして、クラウス様もお変わりがないようで」

聞き心地のよい声で、シュバルツは二人に頭を下げる。

「何と言いましても、我が王、エヴィンカー様の命令でこの村を廃村にしているのです」

美しい音色は、酷く吐き気を催す言葉を平然と吐く。

「んだと!? てめぇ、まだんなことやってんのかよ!」

どのような心境なのだろうか、ジークは喧嘩腰にシュバルツに敵意をぶつける。

「そんな事、とはまったく、これは王たるエヴィンカー様の意思なのです。貴方如きに到底及びも付かないような深遠な志あってのことです」

まるでそれを実行することこそが最大の誉れであるかのように、シュバルツは言い切る。

「おいてめぇ! それ本気で言ってんのか!?」

「まったく、相変わらず口が悪いですね――」

シュバルツが口を止めたのは、彼の後方に居る兵士が混乱しているからだった。

彼らがクラウスが死んだと聞かされており、その後釜としてシュバルツが隊を率いることになったと聞かされていたからだ。だというのに、自分達の目の前にはその死んだはずのクラウスが、自分達の元隊長が居るのだ。動揺しない方が無理である。

「しゅ、シュバルツ様!」

一人の兵が居ても立っても居られずに、自分の隊長に質問を投げかける。

「まったく、ジーク、貴方のせいですよ――」

――瞬間。シュバルツから放たれる殺気。

そして、シュバルツはその場で神速にて体を反転させると共に、自分の手に持った名槍を振るう。

瞬間、その場に十の肉片が産まれた。

「なっ、何してるんだよ、お前」

 シュバルツの殺気に後方に跳んでいたジークは、我が目を疑った。

自分の部下を手に掛けたシュバルツの姿を、どうしても信じることができなかったのだ。

「何をしてるか? それはクラウス様に聞いたらどうです? それとも、私を倒して直接聞きますか?」

一瞬クラウスの方を見るジーク。

その視線にクラウスは答えずに俯いた。その仕草でジークの決意は固まった。

「俺は頭が悪いからよ、こっちで行かせてもらうぜ!」

「そうくる思いましたよ!」

ジークの猪のような突進を、シュバルツは涼しい顔で眺める。

刹那、クラウスと目が合うシュバルツ。だがそれは一瞬。すぐに彼は目の前の敵に向かって構えを取った。

 

 

 

フラン達が近づくにつれ、金属同士がぶつかり合う音が大きくなっていく。

リッタ達がそれを確認できるほどの距離に達したとき、その音を鳴らしているのはジークだということが分かった。

そして、彼が戦っている相手は言わずもかな、銀の鷹の総隊長であり、クラウスの元弟子のシュバルツだ。彼はジークの凄まじい連突を見事に受けきっている。

「ジークさん!」

フランの声に、一瞬ジークはにやりと笑ったかと思うと、目の前の男に対して決して目線を離さずに更に槍の速度を上げていく。

「ほう、更に上げますか! 腕を上げましたね、ジーク!」

「ハッ、そういうお前は鈍ったんじゃねぇか!?」

以前はきっと、見えなかったに違いない。

だが、今のフランには二人のやり取りがはっきりと見えている。

速度を上げていくジークの槍。連続で放たれる突きは常人であれば一瞬で四度は死ぬであろう、神速の矢のようである。

だが、相手の美しい戦士もそれを最低限の動きでいなす。

突くという行為は点の攻撃である。つまり、その直線状に居なければそれが命を奪うことはありえない。

二人の得物の長さがほぼ同じが故に、シュバルツは放たれた突きに対して自分の槍を当てることにより、僅かに打点をずらし、自分の体も移動させることによりその神速を捌いていた。

それは視力というより軌道の演算。

いや、圧倒的なまでの経験則から来る予知に近い感覚での回避。

戦うことにおいて天才的な才能(センス)が無ければこのような回避はできない。

そもそも相手の穂先に自分の穂先を触れさせ、打点をずらすという発想自体が非常識だ。

相手の攻撃速度に自身も合わせなければ不可能であるし、打点をずらした上でそれを回避できなければやはり深手を負うことになる。

だが、その最低限であるということは、戦いを有利に運べるということでもある。

最低限の動きしかしないということは、次への動作(アクション)に早く移れるということに他ならない。

つまり、最初こそ瞬間的に六撃放っていたジークの突きが、相手に攻撃させる隙を与えないように慎重になり、数を減らしていくのは必然といえる。

手数を犠牲にしてまで隙を減らさないといけない状況に追い込まれていくジーク。

攻めているというのに、攻められているという矛盾とジークは戦っていた。

「ウラァッ!」

ジークの渾身の突き。力を込めた一撃は、大きな隙を生む。

シュバルツはそれを勝機と見るや、自分の穂先を相手に合わせ、それを回避した後にその隙を攻撃しようと穂先を合わせた瞬間、自分の槍が思わぬ方向へと流れていくのが分かった。

まるで自分が攻撃を合わせようとした瞬間に、何かに弾かれたような感触。

そしてシュバルツは瞬間的にあることに思い当たる。

ジークの得物は、シュバルツと同じ槍でも、三爪槍(ハルバード)であることに!

つまりジークは自分の槍を回転させながら突いたのだ。相手の奇怪な防御を打ち破る為に、自分の槍を最大限に活かした攻撃。

シュバルツは思い当たった事実に内心舌打ちしながらも、ジークの攻撃に全力で回避する。それは、今まで最低限の動きで行ってきた彼が初めて見せる焦りの色だった。

「ふっ、さすがですね!」

「はっ、良く言うぜ。使い慣れない得物であんだけ凌いでやがったくせによ!」

何が可笑しいのか、ジークは口元を引きつらせながら両手で槍を構える。先ほどの攻撃は当たりこそしなかったものの、両者の間では何か通じるものがあったようだ。

「さすがに貴方ほどの使い手を相手するには、抜かざるを得ないようですね」

シュバルツもジークと同じように笑うと、クラウスに一瞥し、彼の持っていた槍、天音を地面に突き立てる。

そして彼は、腰に提げていた一つの剣を引き抜く。

それは自分が最も使い慣れた自慢の愛剣。

流れる水のような刃模様を浮かべる流水の両刃剣。分類こそ長騎剣に属するものの、まるで儀式などに使用される儀礼剣のような美しさを兼ね備えた、シュバルツの象徴と言っても過言ではない剣である。

「出やがったな、古水」

「これを抜いたからには手加減しませんよ」

「願ったりだね、俺は昔から――」

そういうとジークは体勢を低く構える。

それはまるで獲物を狙う狩猟動物のような獰猛さとしなやかさを両立させる格好。

 

「――てめぇを倒したくて仕方なかったんだ!」

 

そう言うとジークはまるで爆ぜたかのように自身の全てを乗せた一撃を繰り出す。

それを待ち構えるのは、正眼に構えるシュバルツの姿。

攻撃にも守備にも転じやすい、最強ではなく、最高の型。

そう、この戦いは詰まるところ、自身の全てを攻撃に特化させた攻撃と。

全てを正面から打ち倒すという意思とのぶつかり合いだと言える。

まさしく形は違えど、矛と矛のぶつかり合い。

そして勝負は、天を裂く音の介入によって阻まれた。

 

 

 

「クラウスさん!」

フランの懇願にも近い一喝で、クラウスは二人の速度より更に早い、獣を凌駕する雷鳴の速度でシュバルツの突きたてた天音に手を伸ばし、両者を止めるのが間に合わないと見るや否や、二人の間に投擲した。

槍投げには向かない形状ではあったが、何十年と持ち続けた愛槍は手に馴染んだのか、弓に引き絞られた矢のような速度にて、ジークとシュバルツの間にクラウスの愛槍“天音”は、由来通りに天を引き裂く雷鳴染みた音を立てながら、両者の間に飛来した。

「なっ!」

「ウオッ!」

二人の戦士は意図しなかった物の介入により、直前のところで矛を交えることができなかった。

二人は揃って槍が飛んできた方向を見る。

「そこまでだ!」

クラウスの声。

その声にシュバルツは溜息を吐きながら流水剣を収める。

ジークは不満なのだろう、口を尖らせながら渋々構えを解く。

「なんだってんだよ、もう少しでこの野郎をぶちのめせたってのによ」

「何を言いますか。命拾いしたのは貴方のほうですよ、ジーク」

「あんだと!?」

「何ですか?」

お互いに態度こそ違えど噛み付くような姿勢で言い合いを始めようとするのを、再度クラウスは一喝し、お互いが距離を離した。

その際にシュバルツは“古水”を鞘に収め、“天音”を引き抜く。

そこでようやく、シュバルツは辺りが一変していることに気付いた。

いや、正確に言えば気付いてはいたのだろうが、確認する暇が無かったというほうが正しいだろうか。腐ってもジークは優れた使い手であり、その猛攻を凌ぐためには集中を要したということだ。

辺りを見渡すシュバルツ。そして、カレン、リッタと目線を移し、最後にフランの方を見る。

「貴女は――」

シュバルツはその答えをフランでは無くクラウスに求める。

意味が通じたのだろう、クラウスは頷くとシュバルツは破顔し、表情に愉悦が浮かぶ。

「そうですか! ついに!」

しまいには笑い出すシュバルツ。その光景は実に不気味である。フランはもちろん、リッタ、そしてカレンまでもが急に笑い出したシュバルツにある種の不気味さを感じていた。

そして、それは長い付き合いであるはずのジークも感じている。

こんなに愉快にさせる要因が、彼には分からなかったのだ。

「ああ、失礼。挨拶が遅れましたね、私はシュバルツ。ロートヴァルト軍で銀の鷹を率いる者です」

深々と礼をするシュバルツに、フランはどうして良いか分からなかった。

ここで自分が名乗ってしまっても良いのかと。どうやらクラウスやジークとは面識があるようだが、自分は反乱軍のいわば総大将である。自分の首の重さを彼女はついさっき実感したばかりだ。

もしシュバルツが隙をついて自分を殺そうものなら、反乱軍の士気は下がるだろう。

どうして良いか分からないフランはクラウスに目線を送る。彼はそれに頷き、フランは名乗ることにした。

「フランです。フランティスカ・フォン・ロートヴァルトです」

距離は離れているし握手は違うと思ったので、その場で頭を下げるフラン。その仕草にシュバルツは少し意外そうな顔をして、遅れて礼を返した。

「そうですか。貴女が王位継承者ですか」

天音を抱き寄せるシュバルツに、その場の全員に緊張が走る。だが、単純に握りなおしただけだったようだ。

「とりあえず今日のところは引きます。誰かのせいで兵の大半を失いましたからね」

「ケッ、自分で間引いたじゃねぇかよ」

「誰のせいだと思っているんです。まあいいでしょう」

そう言うとシュバルツは背を向ける。背を向けた相手を攻撃しないと信じているからだろう、簡単に隙を見せる。

「それに収穫もありました。こんなにも早くフランティスカ様が現れたということは、この付近に反乱軍のアジトもあるのでしょう?」

苦笑しながら喋るシュバルツ。リッタは眉を八の字に顰めた。やはりフランの申し出とはいえ、早計だったと。これで反乱軍のアジトを捜索されてしまえば、革命は更に遠のくことになるのだから。

「次は貴方方のアジトで会いましょう。それでは」

そういうとシュバルツは近くに停めていた馬に跨ると勢い良く駆けていった。

「チッ、面倒くさいことになっちまいましたな」

ジークはクラウスに同意を求めるが、それが得られることは無かった。

クラウスはただただ、自分の元弟子が駆けていった地平線を眺めるしかできなかった。

 

 

 

「あ、天音をですか!?」

「うむ。これならば我が命と釣り合おう。さすがに千騎長のクラウスが自身の愛槍である“天音”を手放すとは思うまい。だからこそ、お主が持ち帰れば真実味が増すというもの」

「し、しかし!」

自身の分身とも言えるその槍が無くて、これから行うことの壮大さに飲まれやしないかとシュバルツは不安になった。

「なあに心配には及ばん。それともなんだ。お前はワシの力を信用していないのか?」

親しい者との会話にのみ現れる人称で話すクラウス。先ほどまでの戦闘が嘘のようにその会話には師弟を越えた感情に溢れていた。

「そ、そんなことは! 分かりました。それでは“天音”、お預かりいたします」

「頼んだぞ」

頷くシュバルツ。まるでクラウスの子を託されたかのような感覚に陥る。

「成功をお祈りします」

「うむ。それでは決行の際にはコンターギオを向かわせる」

クラウスの言ったコンターギオとは、死を運ぶとされる鳥の事で夜間にのみ飛ぶ黒い鳥のことである。帰巣本能があるため、手紙のやり取りなどにも使われるが、夜間に送る手紙というのは物騒な内容であることが多いため、死を運ぶ鳥と言われるようになった。明るいうちに普通の鳥を使うと打ち落とされる可能性があるため、このような場合に重宝される。

「分かりました」

「お前には苦労掛けるな」

「いえ、私の我侭を汲んでくださったクラウス様に比べたら、私など」

「これはお主が言い出さんでも、ワシは同じことをやっていただろう。そう思えば、お主を師として正しく導くことができたのだと嬉しく思うぞ」

クラウスはそういうと、最後になるかもしれない笑顔を最愛の弟子に向ける。

「滅相もありません。それでは、私はそろそろ。報告が遅れれば更なる追っ手が向けられるやもしれません」

託された天音に力を込めると、シュバルツは感情をできるだけ見せないように自分の師に背を向ける。これはきっと今生の別れになるだろうと思っているのだ。

それはシュバルツだけではなく、クラウス自身もそう思っている。

戦力差がありすぎるのだ。象に蟻が勝てる道理は無い。

これはある種の決別の儀である。

だからこそ、自分の大事な愛槍である天音を自分の一番信用における弟子に預けたのだった。妻も子も戦と病で亡くした彼にとって、一番大事なものは全て自分の手の届かないところへ仕舞い込むかのように。ジークだけはどうしてもと言い張り、腹芸は期待できないと知っていたが故に連れて行くことにした。

そして、一番信用できる人間を、変えねばならぬ国に置く。

自分は外から。彼は中からこの腐敗した国を変えてくれるようにと。

「お互いに戦いが始まるのだな」

クラウスは去り行く弟子の背中に一言、そう呟くのだった。

これが過去である。

そして、これが全ての始まりである。

 

 

 

付近の村が見せしめにと焼かれ、廃村となった日の夜。

再度兵を集め、革命は近いのだと告げた。

シュバルツにアジトが近いのだと知られてしまい、場所を特定される前に行動しないといけなくなったからだ。

選択肢は二つに一つ。策を決行するか、それともアジトの場所を移すか。

前者は準備不足でこそ無いが、急なことであるため決行するには心の準備が整っていないという形。後者は一見安全に見えるが、千人規模の大移動は人目に触れやすく、更なる危険を誘発する可能性もあるし、何よりこの規模の人数が隠れ住むことができる場所をそう簡単に発見できない。このアジトを見つけたときは本当に偶然だったのだ。

決断を迫られたフランは、十分に全員(クラウス、ジーク、リッタ)の意見を聞いたうえで、決行を選ぶことにした。

決行は明後日の明朝。様々な準備を限界までしつつ、ロートヴァルト軍がこちらのアジトを探し当て攻め入る可能性があるぎりぎりな期日である。シュバルツが迅速に行動してこちらに戻ってくるとすれば丁度かち合うか否かという具合の時間である。

そして一日が終る。シュバルツと出会い、重要な決断をした日は終り、次の日になる。

朝から晩までずっと会議室に缶詰状態で、様々な可能性と策を全員で捻出した。

これ以上無いというくらいまで話し合い、明日に備えて解散となったのが結局空に月が昇る頃だった。

 

明日の明朝。この国の行く末を決める革命が起きる。

 

ロストプリンセス第三話/了