第二話【フラッシュゴースト】
日計高等学校の部室棟。二階の一番奥にある部室に偉く達筆な文字で【相談者歓迎】と書かれた札の掛かる部室。通称、秘密倶楽部から賑やかな声が聞えてくる。
「にゃはは〜! それで上田利一さんと梅田薫さんが毎日一緒に登下校しているわけですね! なるほどなるほど!」
メモ帳をボールペンで叩きながら足をバタつかせて騒いでいるのは、新聞部と秘密倶楽部を兼部している水瀬 静香である。
黒い髪をショートに纏め実に活発そうな姿をした彼女は実際に毎日面白そうな、興味を引くことを学校中走り回って探している。
白い肌に細身の身体。笑顔と真剣な表情の切り替わりが早く、その辺りが美人にはない可愛さがあると影ではファンも多いらしい。
胸部の膨らみがあまり感じられないことを除けば、十分に女性として魅力的であり黙ってさえいれば美人だと評されることも度々である。事実そのようなランキングにも番外として入ったことがある。余談だが校内ランキングの三位は彩が獲得している。
「それにしても彩さんったら、こんなに面白いことがあるなら私に言ってくださいよぉ〜」
ボールペンを指の間で器用に回しながら静香は頬を膨らませた。
「もう、静香駄目よ? このことは秘密ですからね?」
「はいはい〜。判っていますって。でも、この写真も使えないと思うと勿体無いですねぇ〜」
彼女はそういうと、自分の携帯を取り出し画面を見ながらにやけている。
「いやぁ、それにしてもこの小豆洗い、でしたっけ? 良く出来ていますねぇ。これだけでも新聞に使えませんかね? 小豆洗いトイレに現る!? ってな具合に、にゃはは〜!」
ちなみに、彼女が担当しているのは週に一度の間隔で朝校門にて配布しているゴシップ紙だ。日計高校の新聞部は学年によって発行する物が変わっており、一年は真面目な学校に関する便り、二年は学校や生徒に関するゴシップ紙。三年はそれぞれの補佐という立場になっている。静香は二年なのでそのフットワークの軽さを活かし、精力的に大衆が興味を引くようなネタを探しに奔走している。
「止めてよ! 静香、駄目だからね! 絶対に止めてよね! それトラウマなんだから! ていうか、彩も何で静香に写メ送ってるのさ!」
「いえ、この前の顛末を静香にお話していたら、説明上どうしてもこの写真を見せなくてはいけなくてですね?」
「で、静香が面白がって半ば無理やり写真を添付させたと」
「にゃはは〜! そうですそうです! 忠昭は解っていますねぇ〜。いやぁ一昨日が締め切りでなければ間違いなくこのネタを使っていたんですがねぇ〜。いや冗談です冗談」
ちなみに三人は幼馴染で、忠昭と静香は両親同士の仲が良く小さい頃から一緒に良く遊んでいた。
その後彩達と仲良くなり、忠昭達は五人で良く遊ぶようになった。
今でもそれは変わらない。静香のように他のことをしながらも五人は秘密倶楽部という場所で仲を深め合っているのだ。
そして、まるで静香の笑い声を打ち消すかのように。笑い声よりも小さいはずのノック音が部室に響く。
瞬時に静まり返る三人。そして良く通る声で彩は返事を返す。今日も秘密倶楽部に依頼が舞い込んできたようだ。
◇
「幽霊を見たんです」
いの一番。曇りガラスの向こうから聞えてきたのはそのような声だった。変声機を使っていないことから秘密にして欲しいことではないのだろう。確かに幽霊を見たことを秘密裏に相談するというのも可笑しな話ではあるが。
「幽霊、ですか?」
さて、どうしたものかと彩は考える。様々なことを告白されてきた彩だが幽霊という例は初めてだったからだ。
彩は隣で静香の目に輝きが灯ったのを確認しつつ、先ずは状況の確認をすることにした。
「失礼ですが、どうお呼びすれば良いですか?」
「あ、ごめんなさい。えっと、一年三組の古賀 由良です」
丁寧に学年とクラスまで言ってくれたことに多少の好感を覚えながら、一年三組と言えば未来と同じクラスだと思った。もしかしたら彼女から紹介されたのかもしれない。
「由良さんですね。それで、幽霊を見たという状況を詳しく教えてもらえませんか?」
それから由良は自分の体験したことを細かに喋り始めた。
◇
「いやぁ、なんでこう、真夜中の校舎というのはテンション上がるんですかねぇ? ええ」
デジタルカメラを片手に、それを覗き込む形で静香は夜の校舎を見渡した。
「もう静香、静かにしなよ。それじゃあ出るものも出ない――」
「ちょっ、忠昭さん。静香に静かになん、ふふ、ふふふ――」
笑いを抑える彩に、呆れるように忠昭も続いた。
三人は由良の話を確認する為に、彼女が幽霊を見たという場所に実際に出向いているのだった。
「にゃはは、彩さんは相変わらず笑いのツボが謎ですね。沸点が低いというわけでないですし。まっ、とりあえず一枚」
そういうと静香は、口を押さえ笑いを押し殺そうとしている彩に向かってフラッシュを焚いた。
「彩のツボも謎だけど、静香の撮影するタイミングも謎だよね。とりあえずって」
「デジカメだから成せる技ですねぇ。フィルムだとこう無駄に取れませんから」
そういうと静香はもう一枚と忠昭と彩にフラッシュを焚いた。
「えっと、古賀さんはこの辺りで見たんだっけ?」
「――こほん。ええ、そうですね。夜のレクリエーションから寮に戻る途中に校舎の方で見たそうです。一度目は見間違いだと思ったらしいのですが、二日目も同じ現象が起こったそうです」
ちなみに彩の言う夜のレクリエーションとは、夜に行う部活動のことである。文武両道を根ざす私立日計高等学校では文芸に属する部活動のみ夜にも部活動に参加することを許可している。というのもこの学校はスポーツ推薦を幅広く採用し全国から運動が得意な生徒が集まってくる。だが、将来的にスポーツのみで生計を立てていける人間は僅かである。故にこの学校は資格などをとらせる為の勉強をするという名目で、夜にも部室棟が解放されている。
「つまり、この部室棟から校舎を眺めたらってことだよね?」
忠昭達はとりあえず今居る部室棟の廊下から校舎を眺めるが特に何があるわけではない。一階二階と廊下を歩きながら校舎を覗くがやはり結果は同じであった。
「見間違えとかじゃないんですか?」
既に飽きたような口調で静香は最後尾を付いてくる。
「そうかもね。つうか幽霊なんて非常識すぎるし」
「でも、どうしましょうか。幽霊が居ないということを証明する手立てもありませんし」
「ああ、彩さん、彩さん。ここから数枚校舎を撮影するっていうのはどうでしょうか? 心霊写真にでもならない限り、証明になりませんかね?」
静香の発言に彩は小さく手を叩く。
「なるほど、そうですね。ではお願いできますか?」
「はいはい〜。お任せあれ〜」
そう言いながら静香は校舎に向かってフラッシュを焚く。それを眺めながら忠昭は呟く。
「まぁ、由良さんには見えて僕たちには見えないのかもしれないよね。そういうのを見るには霊感とか無いといけないんじゃないかな?」
「もしそうであったとしても写真には写るでしょう。念写ならともかく、心霊写真などに霊感が必要だと聞いたことありませんし。本当に静香が居てくださって良かったです」
あらかた撮影し終わったのだろう。静香は二人の方を振り向いた。
「にゃはは。やっぱり幽霊なんて居ませんね。データを見てもどこにも映っていないようです」
そう言いながらデジタルカメラの画像を二人にも見せる。確かに夜の校舎が写っているだけで特に何かが浮いているだとか紛れているということは無さそうだ。
「それじゃあ帰ろうか。部室に戻ってお茶でも飲もうよ」
「お、良いですねぇ。では私はミルクティーが良いです」
「そうですね。それでは帰りましょう」
そうして三人は部室に戻ることにした。気が抜けたからだろう。校舎の二階で黒い何かが動いたことに三人は気付くことはなかった。
◇
「でも、やっぱり幽霊は居るんですよ!」
必死な面持ちで由良は断言した。
今日が初めてでないし、別に秘密にする必要もないからだろう、古賀由良は三人と対面していた。
昨日の成果を見てもらおうと、静香がプリントアウトした紙を数枚由良に手渡しそれを確認してもらう。まるで間違い探しでもするかのように由良はその紙を注視し続けるが、やはり三人と同じように目的のそれは発見できなかった様子。しかし、彼女は必死に食い下がる。
「しかし、現に写ってないですし」
にゃはは、と頭を掻きながら静香は呟いた。
「でも、昨日私見たんです!」
「え?」
三人の声が綺麗に斉唱を奏でた。
「見たって、幽霊を?」
忠昭の問いに、由良は何度も頷いた。
「私自分の言動を証明しようと昨日校舎に忍び込んでたんです!」
「にゃはは。また無茶しますねぇ」
「本当です。見つからなかったから良かったものの」
彩と静香は少々呆れたような顔で由良を見た。
「いつも新聞部が忍び込む時に使う場所を友人に教えてもらいましたので」
その由良の言葉に彩と忠昭は一斉に静香を見た。
「いや、私じゃないですよ?」
「それは分かっています。でも、新聞部の方はそのようなこともするんですか?」
「にゃはは。夜の校舎に忍び込むのはもはや伝統のようなものでして、私もつい先日に忍び込んだばかりです、はい」
「許可を取れば良いのに」
「許可を取るのは手続きが面倒なんですよ。特に締め切りがあったりするとですね」
「もう、気をつけてくださいね」
「にゃはは。大丈夫ですよ。細心の注意を払ってますから。それで、由良さんは幽霊を見つけたと?」
昨日はあんなにも興味なさそうにしていた静香の発言に、どこか熱が帯びていた。ネタにできると思っているのだろう。静香の質問に由良は頷く。その表情は真剣であった。自分が見たものは本当に幽霊だと信じきっているのだろう。一度であれば見間違いであったかもしれないと思えるが、二度三度ともなると信じないわけにはいかない。
「はい。今回は部室棟の方で見たんです。幽霊の正体を確かめようと侵入したのは良いけど見つからなくて。そして、見間違えだったのかもしれないと帰ろうとしたら、部室棟の方で光る幽霊を見たんです」
そう力説する由良に、三人は顔を見合わせる。幽霊の証明なんてできるはずがない。
「由良さん。今更ですが幽霊ということは、人間の姿をしているのですか?」
彩の言葉に、由良は一瞬詰まる。そしてたっぷり時間を取った後に小さく、そんな形はしていなかったかも、と呟いた。
「そうだね。幽霊っていうと人の形をしてるもんだよね」
忠昭の言葉に彩は頷く。
「由良さん。私達はどのような現象を探せば良いのですか?」
彩は現象と言った。由良がそれを幽霊だと思った現象を教えて欲しいと。
「えっと、なんていうの? 人魂って言うのかな? 光が浮かんでいるのって それって幽霊じゃないの?」
「そうですね。どちらかといえばお化けかもしれませんし、種類次第では妖精とも言えるかもしれません」
「人魂って光るの? ぼんやりじゃなくて、ピカッって一瞬」
「どうでしょう? 見たことありませんから分かりません」
「私はそれを見たんです。最初はピカッって光るのを見て、次に見たときはぼんやり光ってピカッてなるやつを見ました。昨日は最初のピカッでした」
曖昧な表現だが、由良の必死な表情はその抜けた喋り方を補うほどに真剣であった。
「ピカッ、ですか。つまり光るということですよね」
「切れかけた蛍光灯じゃないよね。それだったら判るはずだし」
「夜、強い光が二度。ぼんやりとした光が一度ですか」
彩がそう呟くと、隣から小さく、にゃはは、と聞えた。
「静香?」
「もしかして、正体が判ってしまったかもしれません」
「正体ですか?」
「にゃはは。皆さん私の推理を証明する為に、夜に部室棟から校舎を覗いてもらっても良いですか?」
静香の言葉に、全員疑問符を浮かべたまま頷くしかなかった。
◇
その日の夜。忠昭と彩。由良の三人は静香の指定した通りに部室棟にある新聞部の部室前の廊下に居た。春とはいえコンクリートの廊下はひんやりと寒く、少しだけ由良は寒そうに体を震わせた。
廊下とは体面する形で校舎が併設されており、三人の目には校舎が一望できる。これならばどこで幽霊が現れようと、本当に現れるのであれば発見できるはずだ。無論、部室棟で現れなければの話である。
「そろそろ静香から合図があるはずだけど」
それから二分後、静香から電話の着信が来た。忠昭がそれを取る前に電話は切れてしまう。これが合図ということなのだろう。
そして、二階の窓が光った。
「あ、あれです! 私が見た幽霊はあれです!」
何も無いはずの校舎が本当に光った。
その後、自己主張するかのように光が二度、三度と点滅した後、静香から再度着信がある。無論、それは忠昭が取る前に切れてしまったが。忠昭の隣では彩が苦笑しながら、なるほど、と呟くがその意味を言及する前に再度静香から着信が来た。
三人は顔を見合わせながら校舎を眺めていると、窓ガラスに緑色にぼんやりと光る球体が、ゆっくりと隣へ更に隣へと移動していくのが見える。
「うわわ、今日は移動してます! でもアレです! 二番目に見たのはアレでした!」
緑色の球体が上下に揺れながら、どんどん移動していく。アレは確かに人魂と言っても差し支えないだろう。
そして忠昭はあることに今更ながらに気付いた。
先ほどから静香の合図をきっかけに光が起き、人魂が現れた。つまり彼女はそれを知っているということになる。少なくともこの現象たちを自由に操作できるくらいには。
そして緑色にぼんやりと光る人魂が廊下をついに横断しきってしまったのを三人は見届けると、三人の後方にあるドアが勢い良く音を立ててスライドした。
「きゃーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
由良の悲鳴が廊下中に響く。その音量に忠昭も彩も一瞬硬直する。だが、その音量は不意に止んだ。
良く見たら由良の口は手で押さえられており、その抑えている人物は静香であった。
「にゃはは、驚かせてしまった手前強く言えませんが、そんなに大きな声を出したら駄目ですよ? 他の部室に居る人も驚いてしまいます」
彼女の言葉通り、次々に古い立て付けのドアが音を立てて開き、先ほどの声の正体を知ろうと様々な同級生や先輩後輩たちが忠昭達四人の姿を確認した。
彩と静香はそれらに頭を下げて謝罪し続け、野次馬達の好奇の目がなくなる頃には由良は落ち着いていた。
「ふぅ。おっと、いつまでも抑えていましたね」
そういうと静香は由良の口から手を離し、軽く謝罪した。
「えっと、水瀬先輩? どういうことなんですか?」
まだ先ほどの混乱が残っているのか、酷く不安そうな顔を三人に向ける由良。静香はそれに、にゃははと笑いかけた。
「実はですね、由良さんが見た幽霊の正体は、私たち新聞部なんですよ」
へっ? と空気が抜けたように静香を見る由良。
「いやですね、正体は私たちの取材活動なんですよ、由良さん」
「え? え?」
もう気付いても良さそうなものだが最初の印象が強すぎたのだろう。一向に気付く節が無い彼女に、彩が代弁するかのように呟いた。
「幽霊なんて居なかったの。幽霊に見えたのは全部静香達」
「え、なんですか? どうやってですか? 」
「にゃはは。そうですね。それでは納得していただく為に種明かしといきましょう」
静香はそういうとポケットからデジタルカメラを取り出すと、未だに唖然としている由良にフラッシュを焚いた。
「ま、こういうことです」
「え? つまり、え? そういうことなんですか?」
「ええ。由良さんが見たのは私たちが記事を書く為に使うカメラのフラッシュです」
「え、じゃあ! じゃあ、あの緑に光る人魂はなんですか!? アレはフラッシュなんかじゃあ――」
「そうですね。そろそろ来ると思うんですが」
そう言いながら静香は階段の方向を見た。何が来ると言うのだと忠昭が思った瞬間に、階段から緑の人魂が、ゆらり、と現れた。
「きゃ!」
「おっと、駄目ですよ? 一度はともかく二度目はいただけません」
そういうと静香は再度、由良を後ろからまるで羽交い絞めにするかのような格好で口を塞いだ。
「ほら、良く見てください」
抱きしめ、落ち着かせるかのような格好で由良に人魂を見せる静香。そして人魂が廊下に完全に現れるのに遅れる形で、一人の少女が現れた。
シチュエーションからすれば幽霊だと勘違いしてしまうかもしれないが彼女は確実に日計高校の生徒で、その証拠に学校の制服を着ていた。夜は私服で良いというのにである。
彼女が歩くたびに同じように人魂も、ゆらり、ゆらり、と彼女の前方を移動する。まるで人魂が彼女を先導しているかのよう。だがそれは間違いだ。何故なら彼女が歩かないことには人魂も移動しないであろうから。
その階段から現れた女子生徒は、釣竿を持っていた。
彼女が釣竿を前に掲げながら歩き辛そうに忠昭達の場所にたどり着く頃には、由良は静香から解放されており、あれ? 美奈が居る。と呆けた様に彼女を見た。
制服に結ばれたリボンの色を見るに、その美奈と呼ばれた少女は由良と同じ一年であるようだ。
忠昭はそれを確認して、釣竿から伸びた釣り糸の先に下がっている人魂を見る。良く見ればそれはテニスボールであった。
「にゃはは。まぁ、こういうことです。テニスボールに蛍光塗料を塗っただけですね」
なんともお粗末な幽霊だと忠昭は思った。
◇
「それで結局、どうしてこうなったのさ」
秘密倶楽部の部室にて、それぞれが粉末を溶かしたミルクティーを飲みながらソファーに座っていた。リサイクルショップで購入した安物である。
部屋には忠昭、彩、静香、由良、そして先ほどの釣竿を持って廊下を歩いていた美奈が居る。
「今回私たちが書いている記事が学校の七不思議についてなんですよ」
「つまり幽霊を自作自演していた所を、由良さんに見つかったと」
忠昭の言葉に美奈は頷いた。
「はい。水瀬先輩に手伝いを頼まれたので、夜の校舎に忍び込んで釣竿を使って人魂を」
「それが二番目の人魂の正体なんだ」
そういうと由良は大きく溜息を吐いた。今までの自分が滑稽であると思ったのかもしれない。
「にゃはは、そして最後のは幽霊を証明する為に昨日私たちが撮影したフラッシュを間違えたということですね」
「そうなりますね。自分で確かめようとしたから勘違いしてしまいました」
「でも由良。おかげで正体が掴めたんだから良かったんじゃない?」
美奈の言葉に全員が頷く。そろそろ夜の部活動も終りの時間だ。棟の完全消灯までに部室を出ないといけない。
「でも、今回の記事は七不思議なんだ? 結局自作自演だったけど」
「にゃはは、耳が痛いです。でもそうなんです。普通学校には七不思議があると思うんですけど――」
「普通無いでしょ」
「いやぁ、その通り。案の定ウチの日計にも無くてですね。それならいっそ作ってやろうかとですね――」
熱く語り出そうとしていた静香の言葉を由良が、あれ、という疑問符を孕んだ言葉で遮った。
「どうかしたんですか?」
語りを邪魔された静香は、少しむくれながら話を促す。取材対象ならば下級生に対しても礼儀を尽くすというのが新聞部の方針である。
「二回目と三回目については新聞部のせいだと判りましたが、一回目のフラッシュはなんだったんですか?」
「え、知りませんよ? 七不思議の捏造の一発目は人魂からですし」
そのやり取りに一瞬場の空気が固まった。
「そ、それじゃあ、やっぱり――」
「にゃはは。本物のオカルトが姿を現しましたねぇ」
由良と静香は実に対照的な反応を見せる。美奈と忠昭は少し遅れるように顔を顰めた。
「えっと、それなのですが」
それぞれの反応を窺って、彩は喋り始めた。
「それはきっと、小豆洗いのせいだと思います」
「え? 小豆、なんですか?」
「小豆洗いです。妖怪の」
その単語に秘密倶楽部の面々。忠昭と静香は露骨に反応した。
「それを撮影した時の、携帯のフラッシュだと思うのです」
説明不足だったのか由良は首を傾げる。それについて彩は隠すべきところを隠した上で説明した。
「ってことは、日野先輩が依頼で小豆洗いって妖怪に変装した姿を撮影した時の光なんですか?」
流石に話が飛躍しているのか、由良はそれを信じかねているようだった。自分を安心させるための方便かもしれないと思っている。
だが彩はそれを察して自分の携帯電話を彼女に差し出した。
「はい。それがその時の写真です。凄く小豆洗いに似ているでしょう?」
そして節電の解かれた彩の待ち受け画面を見た由良は、もう一度部室棟に響くほどの音量で笑い転げたのだった。
無論、忠昭の顔が引きつっていたのは言うまでも無い。
◇
「にゃはは。結局何も起きていませんでしたね」
忠昭と静香は図書室へと続く渡り廊下で、彩を待っている。あの後あまりの声で笑う一年生達のせいで教師が乗り込んできたため、現在部長である彩と当事者である由良と美奈の三人は職員室で小言を言われている最中だ。
光に照らされている桜の木はすっかりその花びらを散らせており、それを見るたびに結局花見ができなかったなと忠昭は思うのだった。
「そうだね。にしても静香は変わったね」
「そうですか?」
「そうだよ。昔はそんな喋り方じゃなかった」
「にゃはは」
「それは変わってないけど」
「新聞部に入ったからですね。敬語を常に使うのが癖になりました」
静香は忠昭に微笑みかける。短い黒髪が風で靡いた。
「少し寂しいけどね、幼馴染としては」
「一番長いですからね」
「彩と出会って、美咲さんを紹介されて、未来ちゃんと知り合った」
「にゃはは。いつも五人で遊んでましたね」
「女の子四人に囲まれていたからね。うっかり僕も間違われることが多かったな」
「そうでしたね。あの頃が懐かしいです」
「そうだね」
そして沈黙。未だに残る春の残り香がだけが辺りに響いている。
「あの頃に」
「ん?」
「出来るならあの頃に戻りたいですね」
「なんで?」
その問いに静香は少しの間を挟む。どこか言葉を選んでいるかのように忠昭は感じた。
「月が綺麗だと知ってしまったから、かな」
彼女の一瞬だけ見せた寂しげな表情に、忠昭は息を呑んだ。まるで彩のような表情だと思ったのだ。
「どういう意味さ」
「――にゃはは。色んなしがらみが増えたな、ってことですよ」
「しがらみ? 例えば?」
「そうですね。将来の事とかですかね?」
「何で疑問系なのさ」
「にゃはは。まっ、女の子には色々あるってことにしておいてください」
そう静香は忠昭に微笑みかける。いつも見せる活発な女の子の表情を。
「もう春も終りですね」
「そうだね。もうすぐ夏だ。それこそ七不思議とかは夏にやるべきなんじゃないの?」
「にゃはは。そうですね。怪奇特集ですね」
「それ、未来ちゃんは怖がるだろうね」
「にゃはは〜思いっきり怖い特集を組んでやりますよ!」
そして二人はお互いに苦笑しあう。
まだ温かい春の日。欠けた月の下で散った桜を眺めながら、二人はもう一人の幼馴染を迎え入れた。